インタビュー 飯間敏弘さん(東京大学大学院教育学研究科特任助教)
2000年4月に介護保険制度と同時に施行された成年後見制度は、高齢者施策の車の両輪と言われたものの、潜在需要の2%程度しか使われていないのが現状だ。そこで同制度が改正されることになったが、これにより利用は進むのか。地域後見推進プロジェクトで成年後見制度の研究や市民後見人の養成に関する取り組みを行っている飯間敏弘さんに聞いた。
■地域後見推進プロジェクト
――地域後見推進プロジェクトとは。
東京大学大学院教育学研究科生涯学習論研究室と地域後見推進センターの共同研究に基づき、後見に関するさまざまな問題の調査・研究や後見人の養成・支援などを行っています。
成年後見制度の発足後、研究会を立ち上げて制度の研究を行っていたところ、法律の専門職が後見人になった場合、制度の目的の1つである財産管理はしっかり行うものの、もう1つの目的である身上保護には熱心でない人が多いことが明らかになりました。
市民の方が法律の専門家より地元の社会資源をよく知っていますし、時間もあって、きめ細やかに身上保護を行えることが分かりましたので、市民に後見人を務めてもらった方がいいということになり、市民後見人を養成することになりました。
ただ、東大は研究大学なので、養成の実務については弁護士を中心に地域後見推進センターを設立して実施し、生涯学習論研究室はカリキュラムやプログラムなど、ソフトの部分の研究や開発などを行うことにしました。
2012年の改正老人福祉法の施行により、市民後見人の養成や活用推進が市町村の努力義務となってからは、市民後見人養成研修の支援など、自治体向けの事業も行っています。
■負の遺産を引き継いだ成年後見制度
――1896年にできた禁治産制度から2000年に成年後見制度に変わり、さらに今回改正されることになりました。改正前の制度をどう見ていますか。
禁治産制度はフランスの制度を基に作られました。基本的には家制度を守る内容だったことから、準禁治産の対象として「浪費者」も入っていたのが大きな問題点の1つです。
例えば、家督を継いだ長男が家の財産を散財しているような時に、長男に準禁治産宣言をして別の家族が財産を代わりに管理する、というようなことです。本人ではなく家の財産を保護することや浪費者に対する強い制約といった意味合いがあったことから、本人保護という制度本来の目的から逸脱していたと言えます。
もう1つの大きな問題は、禁治産を宣告されると戸籍に記載されるため、「戸籍が汚れる」といった理由で制度が使われなかったことです。成年後見制度では戸籍に記載するのではなく、登記することにしました。また、家を守るのではなく、個人主義にして、判断能力が不十分な人を法的に支援する制度に意味付けを変えました。
これにより利用者も増えたので、その点では良かったのですが、禁治産宣告をされると後見人がつき、準禁治産宣告をされると保佐人がつくという形はほぼそのまま残り、これに「補助」が新設されて3類型になりました。これにより、良くも悪くも基本的な仕組みは昔の制度が引き継がれることになったのです。
それには事情があり、1999年に民法を改正する時に類型を一本化しようという話が出ていたのですが、禁治産宣告をされると医師を始めとする国家資格を取得できないとか、選挙権などの権利を失うといった「欠格条項」が200ぐらいの法律に散らばってい…








