若年性認知症の人の数は認知症高齢者に比べはるかに少ないが、年齢的に働き盛りで家計の問題があったり、成人していない子どもがいたりするなど、支援する上での課題が高齢者に比べて多岐に渡る。東京都は他の自治体に先駆け、多様な相談内容にワンストップで対応する「若年性認知症総合支援センター」を設けて支援を行っている。
12年に若年性認知症総合支援センターを設立
東京都の65歳以上の認知症高齢者数は現在約54万人、一方、65歳未満の若年性認知症の人は約4000人と推計されている。このため、必然的に認知症高齢者への支援が先行していた。
若年性の人の支援が強化されることになったのは、2007年からスタートした「東京都認知症対策推進会議」での議論を通じてである。同会議で認知症の人と家族の支援体制の構築が協議され、その中で高齢者同様、若年性の人と家族への支援の必要性も打ち出された。
これを受け、都は、2008年に、上記の推進会議の下に「若年性認知症支援部会」を設置し、さらに議論を積み重ねた後、「若年性認知症支援モデル事業」を09年から3年間実施することとし、募集に応募した事業者の中から2事業者を選定した。
その1つが、相談内容へのワンストップ対応支援などを提案した目黒区の「NPO法人いきいき福祉ネットワークセンター」である。事業を通じてモデルの有用性が示されたことから、都はこのモデルを採用した若年性認知症総合支援センターを12年に目黒区に設置し、同法人が事業を受託した。
その後、16年には日野市に「東京都多摩若年性認知症総合支援センター」を設け、都内で介護・福祉事業を展開する社会福祉法人マザアスに事業を委託して2センター体制とし、こちらが多摩地域を、従来からある若年センターが23区を担当することになった。
事業の4つの柱
若年性認知症総合支援センターにはそれぞれ3人の「若年性認知症支援コーディネーター」がいる。目黒は受託法人の理事長で、自らも若年性認知症支援コーディネーターである駒井由起子さんがセンター長を務めている。事業は4本の柱から成り、これらは駒井さんがモデル事業に応募した際に提案した内容がそのまま引き継がれている。
駒井由起子さん
1つ目の柱はワンストップ相談窓口として相談支援とサービス調整を行うこと。相談支援は電話だけでなく、訪問・面談によりきめ細かく対応する。
サービス調整では、医療機関や地域包括支援センター、市区町村の担当者、ケアマネジャー、介護保険事業所などと連絡を取り合い、情報提供を行うとともに、サービス利用に必要な手続きに関する助言や同行支援なども行う。その際、対象者の情報を記入した「若年性認知症支援連携シート」を使って情報を共有する。
2つ目は、地域の相談支援機能の向上のため、区市町村の地域包括支援センターなどを対象に相談支援研修を行うこと。具体的には、基礎研修とフォローアップ研修をそれぞれ年1回実施しており、駒井センター長によると、基礎研修については100人ほどが参加し、リモートで講義を、フォローアップ研修については定員を半数に絞り対面によるグループワークを行っている。
3つ目が本人・家族への支援で、本人にはピアサポーターによる支援、家族には定期的な面談や同行支援などを行う。
4つ目は関係機関との連携。各関係機関からの相談に対応するほか、24年からは「若年性認知症ネットワーク推進連絡会」を年に1回開催している。これは、地域包括支援センターの職員や事業所、医療機関の関係者が集まり、各機関の現状や取り組みなどの情報共有を行うものだ。
東京都福祉局で若年性認知症総合支援センターの運営事業を担当している認知症施策推進担当課長の並木敬之さんは、この連絡会について「学習や意見交換などを行う場であるが、むしろ日頃連携している人たちが顔合わせをして、『顔をつなぐ』という面が大きい」と話している。
なお、国は17年に策定した認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の中で、若年性認知症施策の強化のため、若年性認知症の人の自立支援に関わる関係者のネットワーク調整を行う若年性認知症支援コーディネーターの配置を都道府県に設置することを義務付けたが、同施策の策定にあたっては東京都の取り組みも参考にしたと考えられる。
並木敬之さん
発症してもすぐに解雇する企業は少ない
駒井さんがモデル事業で採用された支援内容を思いつく端緒となったのは、目黒区の心身障害者のリハビリ施設で作業療法士として勤務していた際、リハビリが終わっても利用者が社会参加できないことから、休日にリハビリ終了後のサポートをすることを目的に、04年にNPO法人を立ち上げ、高次脳機能障害者の自主交流活動支援を始めたことだ。
そのうち、学生時代の先輩から認知症の人の家族会の支援を依頼されて参加したところ「年齢的にも近く、働き盛りで発症すると経済的な問題や子育ての問題などが生じるなど、高次脳機能障害と若年性認知症の人の課題がとてもよく似ていることに気づき」(駒井さん)、06年に両者を対象としたデイサービスを開始。そこでの経験で必要性を感じたことが、モデル事業の提案内容となった。
若年性認知症総合支援センターの支援は、電話での相談からスタートする。相談内容としては、7割ほどが受診して若年性認知症と診断された本人や家族・関係機関などからの相談で、「診断を受けたけれど、今後どうしたらいいか」とか、「会社を辞めさせられるかもしれないので不安」といった内容だ。
残りの約3割はまだ診断を受けておらず、「会社から病院へ行けと言われているが、どの病院へ行ったらいいか」とか、「認知症の可能性がある社員がいるがどうしたらいいか」というもの。
就労していて診断された場合、ほとんどの人が「すぐに会社を辞めさせられるのではないか」と不安になるが、そうした会社は少なく、50代位の人が多いため「長く働いてがんばってきてくれたので、むげに退職させられない」と考えるところが多いという。
相談を受けると、若年性認知症支援コーディネーターは会社の人と本人、家族と会い、会社に対しては、どのような仕事なら続けられるか、例えば郵便の仕分けといった軽作業をやってもらうのはどうか、という提案したり、他の社員に認知症の人との付き合い方の研修を行ったりする。また、本人と家族には不安を解消するよう努めるなどして、勤務が継続できるようにする。
ただ、アルツハイマー型の若年性認知症の人の場合、進行が速いため、1年ほどすると道に迷って会社に来られなかったり、作業そのものができなくなったりするので、そうなったら病気休暇の傷病手当金を受けて会社を休み、それと並行して若年性認知症総合支援センターから区市町村や地域包括支援センターの担当者に連絡して退職後に向けた地域での生活の準備を進めていく。
その後は年金を前倒しで受け取りつつ、認知症カフェや機能訓練を行うデイサービスや、作業が苦手でなければ就労継続支援B型施設などに通い、生活リズムと認知機能を維持する活動につなげる。
若年性認知症の人を支援している人たちの中には「ずっと働き続けさせるべきだ」といったような考え方をする人もいるが、駒井さんは「無理に働くのではなく、新しい人生に向けたステップを踏んでいく方が、本人の残りの人生を考えるといいのではないか」と思っている。
一方、すでに退職するなどして就労していない人の場合も、一日中、家にこもるのを避けるため、認知症カフェのような場所に外出するように促しつつ、早期に介護保険や障害福祉の制度につなげるようにする。
地域にきちんとつながる仕組みが必要
相談者の担当を誰にするかは、日々のミーティングで決める。対応が難しい場合には3人で方針を話し合うが、基本的には担当者が自らの裁量で支援内容を決めて活動する。最初は2週間に1回程度面談し、その後は3カ月あるいは半年に1回となっていく。いつまで続くかはケースバイケースである。
地域生活での具体的な支援は、地域包括支援センターや区市町村の担当者、認知症地域支援推進員、ケアマネジャーと一緒に行うが、そこにつないでいくのが若年性認知症支援コーディネーターの本来の役目である。
しかし、23区でもまだ専任の担当者がいないところがあり、地域包括支援センターの中で異動があるなどして、うまく支援がつながらない場合があることから、現状は若年性認知症支援コーディネーターが看取りまで関わるケースもあるそうだ。
相談は毎年増加していて、24年度の2センター合計の延べ相談件数は、20年度の4500件に比べ約6割増の7135件だった。
このため、都では若年性認知症支援コーディネーターを各センターで1人ずつ増員する考えだが、駒井さんは「コーディネーターの数を増やすことも大切だけれど、それとともに若年性認知症の人を地域にきちんとつなげる仕組みを作り、地域の支援を充実させていくことが必要」と指摘している。
一方、並木さんも若年性認知症支援の課題として、診断をした医師がセンターを紹介したり、一般の人もセンターの存在を知り、身近な人に異変を感じたらセンターに連絡することを勧めたりできるように、これまで以上に若年性認知症総合支援センターの認知度を高めることを挙げつつ、「相談を受け切れる体制を作っていかなければいけない」と話している。