実は増え続けてきた
人材不足は、介護業界における慢性疾患ともいうべき癒えることのない苦しみです。今回は、これに対処するために大きな変革が急務であり、その変革とは何か、お伝えしたいと思います。
介護人材不足については、さまざまな事実誤認があります。「この10年、介護人材は減少を続けている」あるいは「介護人材はなんとか増えているものの、要介護者の増加には全く追いついていない」と感じている方は多いのではないでしょうか。
最近では訪問介護事業所の倒産件数が過去最高を記録したという報道もあり、「訪問介護サービスの供給量が減少している」といった印象を持つ方も少なくないと思います。
しかし、これらの認識はいずれも事実とは少し異なります。実際には、介護人材の数は2022年まで増加し続けており、その増加率は要介護者の増加率を上回るペースを維持してきました。
訪問介護サービスの給付額も、2012年からの10年間で約1.5倍に増加しています。介護人材の減少が始まったのは2023年度からであり、それまでは増加の一途をたどっていました。
日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少し、2023年までに約1300万人減少しました。一方、労働力人口はこの間、女性や高齢者の就労増加によって260万人も増えています。
2000年に介護保険がスタートした時点で約55万人だった介護人材は、2023年には215万人に達し、約4倍に増加しています。
その増加に寄与しているのが女性と高齢者で、両者が介護を支えてきたことは見逃せません。少なくとも2022年までは、介護業界は人材の面では他業界に比べれば比較的恵まれた環境だったといえるのです。
ただし、近年は女性と高齢者の就労人口の増加が頭打ちになってきました。これまで大きな支えとなってきた層の就労の伸びが止まり、介護業界はこれから本格的な人材難に直面します。2023年における初めての介護人材減少は、そうした意味でも、今後の試練を予感させるものでした。

(元データの出典)労働力調査(総務省)、国勢調査(総務省)、人口推計(総務省)、日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計)(国立社会保障・人口問題研究所)より、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが作成
令和6年度 厚生労働省生活困窮者就労準備支援事業費等補助金社会福祉推進事業「人口減少社会に対応した福祉人材の養成・確保や地域の多様な人材の活用に関する調査研究事業報告書」7ページ
需要は「増大」から「爆発」へ
介護需要については、2007年の「超高齢社会」到達以前から、将来的に急増することが指摘されてきました。確かに高齢化とともに介護需要は増えていますが、そのペースは高齢化率の伸びほど急激ではありません。
前期高齢者(65~74歳)で要支援・要介護と認定される人は約5%に過ぎず、ほとんどは元気に過ごしています。要介護者が急増するのは、80歳を超えたあたりからです。
2025年、人口のボリュームゾーンである団塊世代が76~78歳に到達します。要介護認定を初めて受ける年齢の平均が約82歳であることを考えると、介護需要は今後5年ほどで急速に高まると予想されます。85歳以上高齢者の認定率は約60%です。
これまでの需要増加はいわば緩やかで、女性と高齢者の就労増加で対応できました。しかし、これからまったく異なるレベルの「需要爆発」が進み、絶対的な人材不足状態が生じます。慢性的な「人手が足りない」とは異なるレベルでの不足といえます。
偏在する介護人材
では、2022年まで増加してきたとされる介護人材はどこで働いているのでしょうか。
訪問介護の現場では人材不足が深刻といわれ、2024年度の介護労働安定センターの調査でも、「大いに不足」「やや不足」と回答した訪問介護事業所が全体の58.1%に達しています。こうした現場の感覚は、決して間違いではありません。
この状況を理解するためには、介護人材の“2つの偏在” を考慮する必要があります。それは、「地域間における偏在」と「サービス間における偏在」です。
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)や住宅型有料老人ホームなど、外部の訪問介護や通所介護サービスを利用する「外付け型」が増加し、もっぱらこれらの高齢者向け住まいにサービスを提供する「併設型」の訪問介護が増加しています。
これらの施設は都市部に新設されやすく、介護人材も都市部に流出する傾向が強まっています。すなわち地域間の偏在です。
さらに、定期巡回や小多機など、訪問系サービスを含む地域密着型サービスへの人材シフトも影響しているでしょう。全国の事業所数を比較すると、訪問介護事業所が約3万7000カ所あるのに対し、定期巡回や小多機・看多機は約7800カ所と、訪問介護の2割程度です。
一方、給付額を見ると、定期巡回など3サービスは約429億円と、訪問介護(約1101億円)の約4割の水準に達しているのです(いずれも2022年)。
訪問介護は小規模事業所が多く、事業所あたり給付額も、月額の包括払いを採用する3サービスの方が高額になります。給付額はサービスに従事している職員数に応じて増えるので、3サービスは事業所数が少ないとはいえ、事業所数の差ほど職員数に開きはないといえます。
一般的にイメージされる従来からの訪問介護を就労先として選択する介護職が減少しているのであって、訪問系サービスに従事する職員が減っているのではない、ということが示唆されているのです。これがサービス間の偏在です。

筆者は、訪問ニーズへの対応は徐々に3サービス(定期巡回・小多機・看多機)にシフトしていくべきと考えています。
確かに「地域密着型サービスは公募しても応募がない」と嘆く自治体は少なくありません。しかし、3サービスの事業所数は確実に増加しています。その誘致にあたっては、それぞれの地域における創意工夫も生まれつつあります。
兵庫県は、定期巡回や看多機の整備を促進するため、事業立ち上げから一定期間の人件費・家賃の補填補助を進めました。その結果、人口あたりの定期巡回事業所数は、全国水準の2倍に達しています。こうした努力も必要になっているのです。
生活援助の分業化が不可欠
訪問介護サービスは身体介護と生活援助(家事援助)から構成されます。業務の幅は広く、利用者の自宅というそれぞれに異なる環境で働く難しさもあります。
そんな訪問介護は登録型ヘルパー(その多くは主婦層)によって長く支えられてきました。こうした人材を若年層に求めることがもはや難しいことは明白です。
若年層が生涯の仕事として訪問系のサービスに従事してもらうには、常勤雇用が不可欠であり、「登録型」に依存したサービスモデルからの脱却が業界として不可欠です。
また、先述の通り、人材の圧倒的な不足がこれから到来することを踏まえると、従来通りの専門職と非専門職の役割分担を見直し、他分野のサービスの利活用をベースとした生活の支え方を考えていく必要があります。
こうしたことから、生活援助については、買い物はスーパーなど小売店に、掃除は清掃業者などに任せて分業化することが必要となってきたといえます。すでに都市部においても、専門職による生活支援の提供は減少の一途をたどっています。
訪問介護は事業モデルとして時代に合わなくなり、限界を迎えています。専門職サービスの3サービス(定期巡回・小多機・看多機)へのシフトを徹底するとともに、他業界による生活支援モデルを確立することで、専門職需要をコントロールすることが不可欠でしょう。

岩名礼介(いわな・れいすけ) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社主席研究員、共生・社会政策部長
自治体支援を専門とし、在宅医療・介護連携推進事業や生活支援体制整備事業、介護保険事業計画などのコンサルティング・研修に携わる。