食の安全から高齢者介護へ――市民が創る、市民のための福祉①

2021年 9月 13日

髙橋 社会福祉事業の実施主体である社会福祉法人の多くは、歴史的に篤志家が私財を投じて設立したという経緯があります。その後、当初の形態から変化し、また、家業として代々親族が引き継ぐような法人も増えました。
 
 また、医療法人や営利企業の関係者が母体となる法人も増えてきています。いずれにしても、財産を寄付して設立するという、いわば財団法人の形態です。
 
小川 社会福祉は資産家による慈善事業の性格が色濃かったですね。公的な福祉制度は戦後長らく、措置されていましたし。
 
■市民が創った、市民のための社福
髙橋 その一方、小川さんが理事長を務める社会福祉法人・いきいき福祉会は、生活クラブ生協が母体の、市民参画型社会福祉法人という珍しい形態です。介護保険ができるはるか昔の1970年代、市民による社会福祉を実現する主体として活動してきました。
 
 市民による社会福祉とは、家族・親族や伝統的な地域共同体ではない、人と人の新しいつながりを基盤とする支え合いの活動と言い換えることができます。これは現在、地域共生社会という概念に内包されるようになっています。生活クラブ生協は50年前から、そのような活動を意識的に創り上げてきたといえます。
 
小川 市民が創り上げた社会福祉法人。市民が創った、市民のための社会福祉法人というのは、ここだけです。このことは職員にも繰り返し伝えているし、外部にも発信しています。
 
髙橋 いきいき福祉会の設立は1993(平成5)年ですね。小川さんはそれ以前に、生活クラブの活動をされていました。生活クラブというのは、消費生活協同組合の一種ですね。
 
小川 そうです。生活クラブは1965(昭和40)年に結成されました。昭和40年代は高度成長の真っただ中で、公害が大きな社会問題になり、食の安全への関心が一気に高まった時期です。同時に、女性の高学歴化が始まった時期でもありました。都市部では、団塊世代の女性が短大や大学を出て就職することが珍しくなくなっていました。
 
髙橋 核家族化が進んだ時代でもあります。つまりサラリーマンの夫と専業主婦の妻に子どもが2人、という家族が社会の定型となり始めた時代。
 
小川 そうですね。高学歴女性は、就職しても、結婚すれば退職し、子どもを産んで家事育児に専念することが当たり前でした。家事育児に専念するとは、生活を直視するということです。それで、食の安全や環境問題に意識が向くようになります。
 
■食の安全から始まった
小川 生活クラブは、結成してすぐ、牛乳の共同購入を始めました。食の安全から活動を始めたわけです。3年後に生活クラブ生協を創立し、その数年後には味噌や無添加ポークウインナーなど、安全でおいしい食品を開発するようになりました。
 
髙橋 昭和史に登場する森永ヒ素ミルク事件が1955(昭和30)年、カネミ油症事件が1968(昭和43)年です。当時はほかにも、食品添加物や食品表示が問題となって規制が強化されていきましたね。
 
小川 それらによって子どもに健康被害が生じたのです。こうした事態に直面して、女性が意見を言うようになった。そうしたら賛同する人が現れて、規制は強化されるし、商品も変わっていきます。女性たちは、意見を言えば世の中が変わる、ということを覚えていきます。
 
 女性たちはやがて、親の老後という問題に目を向けるようになっていきます。「長男の嫁だから、私が介護しなきゃいけないの?」と。介護は嫌じゃないけれども、「介護は嫁の役割」という、そんな考え方でいいのか。役割を固定化されることに疑問をもつ女性が増えていったのです。
 
髙橋 戦前、育児や介護といったケアは、中流以上の家庭では家事使用人、つまり女中さんが担っていました。人生50年の時代だったから、介護の必要はあまりなく、ほとんど育児でした。戦後、就労機会が多様化・増大して家事使用人が姿を消し、ケアは家庭内で完結せざるを得なくなりました。戦後は寿命が延び、介護の必要も高まっていきます。
 
小川 親の介護が必要になったとき、自分だけがやらなきゃいけないのか、と考えた女性たちは、福祉制度はどうなってるんだろうと考え、調べました。
 
髙橋 当時は措置の時代で、高齢者福祉は事実上、低所得者層に限られていましたね。
 
小川 そうです。地域の助け合いもほとんどなかったから、生活クラブは福祉事業を始めます。でも、親の介護のため他人を家に入れることは…
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