第25回 重度や末期の人の看取りが狭間に落ちている🆕

2025年 7月 16日

在宅復帰後のサービスが不足
 ホスピスホームや緩和ケアホームなどでの訪問看護の請求過多がニュースになっている。過剰請求、実際には行っていないサービスの不正請求など、悪質なケースも少なくないようだ。

 もっとも、こうしたことが起きる「温床」は元々あった。「温床」と言うか「環境」と言うかは難しいところだが。

 厚生労働省は介護保険発足後、介護サービスから「住まい」の機能を外し、この提供を民間サービスに移行させてきた。介護のニーズが増える中で施設整備は民間にゆだね、利用者にはホテルコストを導入した。住まいの機能を切り離して、公的介護サービスのコストを下げたわけだ。

 医療サイドへは在宅看取りの旗を振って、長期入院を減らしてきた。早く退院させることは医療費軽減にもなったし、「家に帰りたい」という高齢者の希望にも合っていただろう。

 医療や介護の必要な人が家に帰れば、在宅サービスが必要になる。だが、介護保険は家で看取ることを想定しておらず、在宅看取りに十分なサービス量を設定していない。

 考え方は変わったのに、サービス量の上限は介護保険スタート当初と変わらない。事業者から見れば、「不足分は取れるところから徴収しよう」となる。目いっぱい公的サービスを使わせて、残りは自己負担で取ろう、となる。

 重度や末期の人が家で最期を迎えるのに十分なサービスが提供されないところが最大の問題だと思う。

サービス外付け型ホームが急増する理由
 もちろん過剰請求や不正請求は違法行為で、厚労省に原因を求めるのは筋違いかもしれない。では、違法でなければ良いのか?

 合法的な方法もある。冒頭にホスピスホームや緩和ケアホームと記したが、行政的にはこうしたカテゴリーはない。

 これらのホームは一般に、「住宅型有料老人ホーム」か「サービス付き高齢者向け住宅」として登録されている。ハードである「家」と、ソフトの「医療や介護のサービス」が別建てで提供される「外付け型」だ。

 「有料老人ホーム」は、以前は住まいと介護サービスがセットで提供される「内包型」を指すのが常だったが、今は様変わりして、この外付け型が急増している。

 いわゆる「高齢者向け住宅」のなかでは、この住宅型とサービス付き高齢者向け住宅も加えて、「外付け型」が圧倒的に多く、厚労省はこちらを主流にするつもりなのだろうと思う。

 事業者にとっても都合がいい、のだろう。内包型はいわば「施設に準じたサービス」で、全体の給付が介護報酬改定のたびに低く抑えられる。

 一方、外付け型なら、実際には隣接する事業所がサービスを提供していても、一般の訪問看護や訪問介護とほぼ同等の報酬を請求できる。満額請求すれば、トータルでは内包型よりずっと高い報酬を得られる。

 さらに、利用者が厚労大臣の定めた19の特定疾病に該当する場合には、サービスを介護保険の上限額に縛られずに済み、訪問看護を医療保険に請求できる。

 末期がんやパーキンソン、進行性筋ジストロフィーなど、訪問看護の必要性の高い難病などがこれに充たる。そもそも介護保険の上限額ではサービス量が不足する人たちだ。

 こうした人たちは介護保険スタート当初はおそらく、疾患が進行した時点で医療療養病床や介護療養病床にいわば「入院」して最期を迎えていた。

 これらの医療機関や施設では、医療と介護のサービスに「住まい」の機能が含まれる。社会保障で賄われるトータルコストは安く、環境が良くないところも多かった。その結果、自己負担も安い。

 それは事業者サイドから見れば、「さして利益にならない」ということだったかもしれない。患者サイドから見れば「多床室での寝かせきり」となっただろう。

 環境を整えるために、自己負担を上げる医療機関が増えた。そうすると、払えないから入院・入所できない人も増える。

 利用者の払える自己負担には限界があるから、事業者はどうしたら公的給付を多く取れるかに知恵を絞る。従来型の療養病床を作るより、隣にサービス事業所を併設して住宅型有料ホームを運営した方がいい、となる。

不正請求がなくなれば済む話なのか
 運営する事業者の中には、19の疾患のある人を、いわば「探して」きて、入所させるところもある。家賃と医療や介護サービスの自己負担分を払えなければ生活保護を受けさせるのだという。

 ある自治体の首長は、「困っている。だが、不正請求でもないし、摘発する根拠もない。対処できない」と言っていた。

 事業者を儲け主義だと批判することもできる。だが、ひょっとしたら「いいことをしている」つもりかもしれない。

 「患者は医療も介護も受けられて、生活の質が上がった。死ぬまで面倒を見るし、今までよりも幸せだ」と反論されたら、なんと言えばいいだろう。「本人の意向に添っているのか」と問うのがせいぜいだという気がする。

 何度も言うが、もちろん過剰請求や不正請求はダメなのだ。だが、過剰請求や不正請求が淘汰すれば済む話とも思えない。介護保険の発足から25年が経つ。どこかで、何かを間違えたのだろうかと悩んでいる。

*****

 選挙目前である。年々、投票先がなくなっていくので困っている。一番の理由は、負担軽減を訴える党しかないことだ。どうして、社会保険料の引き下げを訴えながら、介護職の待遇改善を公約にできるのか理解に苦しむ。

 社会保険料を税収のように扱う動きにも危惧を抱く。保険料で運営する社会保障は、「権利性がある」といわれる。社会保険料を軸としたから、手厚い給付を実現できた。負担軽減が自身の将来にどう跳ね返るか、考えた方が良いと思う。

時不知すずめ氏

時不知すずめ(ときふち・すずめ) 医療や介護について取材する全国紙記者

このカテゴリーの最新の記事

このカテゴリはメンバーだけが閲覧できます。このカテゴリを表示するには、年会費(年間購読料) もしくは 月会費(月間購読料)を購入してサインアップしてください。

第24回 社会保険料引き下げは誰の首を絞めるのか

 「現役世代の手取りを増やす」が、流行りの言葉らしい。そのために、税と社会保険料を引き下げるのだという。その先に何が起きるか分かっているのか? と思ってしまう。
 
 社会保険料を引き下げれば、給付は細る。保険制度は本来、負担と給付が見合うもので、制度を通して所得の高い人から低い人への再分配が行われる。だから、制度が細ったときに影響を大きく受けるのは所得の低い人だ。病気になっても医療を受けられなかったり、老後の防貧機能が薄くなったりしかねない。
 
 税や保険料を軽減して手取りを増やすと言っている人は、いずれ立場の弱い人にダメージが生じると分かっているのだろうか、と思う。
 
■治療断念を誘発しかねない
 象徴的なのが、今国会でもめた高額療養費の引き上げだ。医療費の自己負担に月額の上限を設けて、大病をしても、患者負担が高くなりすぎないようにする仕組みだ。「医療保険のセーフティネット」と呼ばれる。
 
 2025年度予算案に引き上げが盛り込まれたが、がん患者らの強い反対で修正された。長期療養の自己負担は現状維持となる。ただ、全年齢、全所得層で月額上限を引き上げる方針は変わらない見通しだ。
 
 目的は、保険料負担の軽減だという。つまり、病人の負担を上げて、日ごろの負担を減らすわけだ。本末転倒ではないか。
 
 皆保険制度の目的は、元気な時に少しずつ保険料を出しあい、命のかかった重病や大けがのときに不安なく治療を受けられるようにすることだ。家を売ったり、子どもに進学をあきらめさせたりしなければ治療できないようでは困る。
 
 しかも、厚生労働相の諮問機関、医療保険部会の資料によると、高額療養費の引き上げによる医療費削減効果には「長瀬効果」も見込まれている。長瀬効果とは、患者が負担を避けるために治療を断念するなどで生じる医療費の削減効果である。機械的な試算だというが、「よく、こんなこと書くなぁ」という印象だった。
 
 財務省の資料にも、「よく、こんなこと書くなぁ」という表記があった。2025年度予算案のポイント解説だ。高額療養費の引き上げによる社会保険料負担の軽減効果を…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第23回 外国人介護職への訪問解禁を契機に

 厚生労働省が、「特定技能」や「技能実習」などで働く外国人介護職に、訪問介護に従事してもらう方針だという。実施は来年度の見通しだ。
 
 日本人の介護職は「初任者研修」を終えていれば、訪問介護に携わることができる。だが、外国人介護職は今は、さらに上級の資格である「介護福祉士」を取ることが、訪問を行う事実上の要件になっている。これを変更し、日本人と同じスキルがあれば訪問介護に従事できるようにするのだという。
 
■介護の本質は生活の継続を支援すること
 従事する要件に差を設けていた背景に、日本語によるコミュニケーションが不十分だと訪問介護はうまくいかない、という配慮があったことは理解できる。それはそうだろう。訪問介護では、利用者のニーズを汲み、個別のサービスを提供することが必要になるからだ。
 
 だが、訪問介護のノウハウを伝えずに、いったい今までどんな介護を伝授してきたのだろう、とも思う。介護の本質は、要介護の人の生活の継続を支援することのはずだ。
 
 自宅で利用者の生活を見て、どう暮らしたいかを聞き、日々の目的を共有し、どんなサービスで暮らしを支えるかを考える。その訓練なくしては、介護を本質的に理解できないのではないか。
 
 技能実習は特に、外国人に介護の技術を学んで持ち帰ってもらうことが目的なのに、介護の基本である「生活の継続」を教えずに…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第22回 介護保険料の伸び率が低かった事情とカラクリ

 令和6~8年度の65歳以上の高齢者が納める介護保険料(第9期)は全国平均で月に6225円になった。
 
■整合性ある報道か
 マスコミは概ね、「こんなに高くなって大変だ」というニュアンスで報じている。あれだけ介護職の処遇改善が必要だと書きたててきたのに、保険料が上がると「高過ぎる」というのは、整合性がない気がする。
 
 資金は天から降ってこないので、処遇改善をするなら保険料の引き上げは致し方ない。覚悟と責任をもって記事を書いてほしいと思ってしまう。
 
 しかも、伸び率3.5%は過去8回の改定の中で下から3番目という低さだ。高齢者数は増えているし、6~8年度は介護職の処遇改善のために、介護報酬を1.59%も引き上げたのに、よくこの程度の保険料の伸びに収めた…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第21回 医療も介護もプラス改定だけど、ホントは

 医療も介護も新年度からの報酬改定がまとまった。どちらも、かなりぎりぎりの内容である。表向きは「プラス改定」だが、人件費のベースアップを除けば、医療も介護もほぼゼロ改定だ。深刻さが世の中に共有されていないと思う。いくらか話題になったのは介護報酬の訪問介護だろうか。
 
■訪問介護引き下げの背景
 介護報酬は、介護職の処遇改善に0.98%、介護職以外の処遇改善に0.61%を充てて1.59%のプラス改定である。プラス改定の全てを賃上げに充てた格好だ。事業所の収入に当たる報酬はゼロ改定だ。
 
 そうはいっても、報酬改定は政策誘導のために行うものだから、上げる部分もあれば下げる部分もある。引き上げたのは、特別養護老人ホームなどの介護保険施設の基本報酬だ。事前の経営実態調査で赤字であることが分かっていた。
 
 ゼロ改定なのに、どこかを引き上げるには、どこかを下げて原資を調達するしかない。ターゲットになったのは…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第20回 抗認知症薬レケンビの登場で生じる新たな懸念

 エーザイの抗認知症薬「レカネマブ(レケンビ)」が日本でも承認された。年内には薬価がついて医療現場に登場する。だが、気になることがある。
 
 今までよりも、「認知症早期」の診断を、多くの人が受けるようになる。レケンビの対象者が、アルツハイマー型認知症「早期」と軽度認知障害(MCI)の人だからだ。
 
 早期に検査を受ける人が増えて、確定診断を受ける人も増えるはずだ。その不安に対応できる社会になっているのだろうか?
 
 この人たちは、要介護認定を受けるには症状が軽い。行政サービスの網の目からはこぼれ、日々の暮らしや将来への不安を抱える人がむしろ増えるのではないか…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

1週間無料でお試し購読ができます  詳しくはここをクリック

新着記事は1カ月無料で公開

有料記事は990円(税込)で1カ月読み放題

*1年間は1万1000円(同)

〈新着情報〉〈政策・審議会・統計〉〈業界の動き〉は無料

【アーカイブ】テーマ特集/対談・インタビュー

コラム一覧

【アーカイブ】現場ルポ/医療介護ビジネス新時代

アクセスランキング(7月14-20日)

  • 1位
  • 2位
  • 3位 90% 90%
メディカ出版 医療と介護Next バックナンバーのご案内

公式SNS