第21回 医療も介護もプラス改定だけど、ホントは

2024年 3月 15日

 医療も介護も新年度からの報酬改定がまとまった。どちらも、かなりぎりぎりの内容である。表向きは「プラス改定」だが、人件費のベースアップを除けば、医療も介護もほぼゼロ改定だ。深刻さが世の中に共有されていないと思う。いくらか話題になったのは介護報酬の訪問介護だろうか。

訪問介護引き下げの背景
 介護報酬は、介護職の処遇改善に0.98%、介護職以外の処遇改善に0.61%を充てて1.59%のプラス改定である。プラス改定の全てを賃上げに充てた格好だ。事業所の収入に当たる報酬はゼロ改定だ。

 そうはいっても、報酬改定は政策誘導のために行うものだから、上げる部分もあれば下げる部分もある。引き上げたのは、特別養護老人ホームなどの介護保険施設の基本報酬だ。事前の経営実態調査で赤字であることが分かっていた。

 ゼロ改定なのに、どこかを引き上げるには、どこかを下げて原資を調達するしかない。ターゲットになったのは、訪問介護事業所の収入の柱「基本報酬」である。

 経営実態調査で収益がプラス7%の黒字だったからだ。サービス付き高齢者向け住宅などに集中的に訪問介護サービスを提供した事業所の“荒稼ぎ”が影響したとみられている。

 厚生労働省の担当課は、訪問介護の引き下げについて、防戦に必死だった。「基本報酬は引き下げたが、それ以外にもさまざまな加算がある。個々の事業所はできる限り加算を取って、事業所収入を増やしてほしい」と言う。

 確かに、小さな事業所の中には処遇改善加算も十分に取らず、その他の加算も取らず、介護職を安い賃金で雇って、最低限のサービスを提供してきたところもある。そうした事業所は取っていなかった加算を取り、事業所の収入を増やしていくことが求められる。

 昇給の基準も登用の要件もないから処遇改善加算が取れない、研修や教育もしておらず資格職は少ない。だが、事業主も職員も天使のように善意である、ということでは困るのだ。人を雇って事業を行っていく以上、利用者はもちろん、雇う人にも誠実な事業をしてほしい。

 一方で、「優秀な訪問介護事業所」にとって、基本報酬の引き下げはどう影響するだろう。規模が小さくても処遇改善加算をすべて取り、スタッフを常勤で雇用し、資格を取らせ、研修を充実し、質の良いサービスを提供しているところはある。

 こうした事業所にはこれ以上、改善の余地がない。基本報酬引き下げの影響をダイレクトに受けて、収益がマイナスになるか、職員の教育や感染対策など、既存の介護報酬で十分に評価されていなかった「質」を落とすことを迫られる。それでよいのか。

診療報酬は実質マイナス
 診療報酬改定も似たような事態だ。医療機関の収入に当たる「本体部分」は0.88%のプラス改定とされるが、ここには若手勤務医や事務職のベア分0.28%と、看護職、病院薬剤師などへのベア分0.61%が含まれる。

 実質的に0.01%のマイナスである。財務省は記者向けの予算レクで「そういう見方もありますね」などと言っていた。

 ゼロ回答でも、人件費以外に、光熱水費や食材費などの物価も上がっている。高齢者は増えており自然増もある。新しい医療技術の導入や、新型コロナウイルス後の感染症対応の費用も必要だ。

 財源確保のターゲットにされたのは診療所だ。生活習慣病の管理料、処方箋料などが引き下げられた。主に開業医らの収入源である。伏線はある。財務省が昨年秋に財政制度分科会で独自資料を提出していた。開業医らがコロナ禍で“ため込んだ”との資料である。

 政府はコロナワクチンなどの接種費用として膨大な補助金を医療機関に投入した。にもかかわらず、コロナの第5波、第6波になっても発熱外来は足りず、訪問診療も不足したままだった。煮え湯を飲まされた気分だったのかもしれない。

 実際、医療機関の中には、ワクチン接種で潤い、コロナ診療には携わらず、おいしいところだけ持っていた医療機関もある。

 生活習慣病の管理料が狙われたのは患者が多く、金額が大きいからだ。開業医らの報酬で、これだけ額の大きい報酬は他にない。だが、こちらも介護同様で、優秀な診療所にはダメージが大きい。コロナの外来診療にも携わり、訪問診療も行った良心的な診療所が貧乏くじを引かされた格好で胸が痛む。

 厚労省の官僚に、医療も介護もそういう構図でしたよね、と迫ったら、「でも、日本の医療も介護も、報酬がどうであれ、使命感と責任感で、すべき仕事をする人はいる。そこは、捨てたもんじゃないんですよ」という返事だった。

 篤い信頼と言えば聞こえはいいが、政策を立案する側がそこに頼ってはいけないのでは、と思った。

負担増なくサービス充実は無理
 何を考えているのか、と批判するのはたやすい。しかし、一番の問題はスタートにある。政府が今回、最初から負担増を封印したことだ。

 こども・子育ての支援金をねん出するにあたり、賃上げを除いて(この理屈もよく分からない)、「国民の負担を増やさない」と明言した。そもそも、負担を上げずに医療や介護やこども・子育てのサービスを充実するという方針に無理がある。負担を増やさないなら、どこかを削るしかない。魔法はないのだ。

*****
 韓国の合計特殊出生率が2023年に0.72と過去最低を記録した。相前後して公表されたイギリスの「エコノミスト」によると、「女性の働きやすさ」で、韓国は主要29か国で不動の最下位で、日本は下から3番目だ。

 仕事と育児が両立しなければ、子どもは生まれないと思う。だが、各紙の取り上げはそうではなかった。韓国の低出生率の原因を、学歴主義や教育費の高さに求める記事が多かった。

 日本で、児童手当の引き上げや大学の授業料軽減が、少子化対策の1丁目1番地になるのと似ている。

 政策決定の場に、教育費の高さを実感した高齢の男性が多いからだと思う。それは、子どものいる人の悩みで、子どものいない人の悩みではない。普通はそんな先のことを考えて、産むか産まないかを決めない。子供のいない女性の意見を、政策に反映してほしい。

時不知すずめ氏

時不知すずめ(ときふち・すずめ) 医療や介護について取材する全国紙記者

このカテゴリーの最新の記事

このカテゴリはメンバーだけが閲覧できます。このカテゴリを表示するには、年会費(年間購読料) もしくは 月会費(月間購読料)を購入してサインアップしてください。

第20回 抗認知症薬レケンビの登場で生じる新たな懸念

 エーザイの抗認知症薬「レカネマブ(レケンビ)」が日本でも承認された。年内には薬価がついて医療現場に登場する。だが、気になることがある。
 
 今までよりも、「認知症早期」の診断を、多くの人が受けるようになる。レケンビの対象者が、アルツハイマー型認知症「早期」と軽度認知障害(MCI)の人だからだ。
 
 早期に検査を受ける人が増えて、確定診断を受ける人も増えるはずだ。その不安に対応できる社会になっているのだろうか?
 
 この人たちは、要介護認定を受けるには症状が軽い。行政サービスの網の目からはこぼれ、日々の暮らしや将来への不安を抱える人がむしろ増えるのではないか…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第19回 公式見解と現場感覚が乖離するケアマネ不足

 医療と介護2040でも特集している通り、現場のケアマネジャー不足が顕著なのである。
 
 旧知の介護事業者から、「足りないのは介護職じゃなくてケアマネですよ。このままだと、ケアプランを作れなくなるんじゃないですかね」と吐露されたのが半年ほど前。ただ、地域差もあるのか、厚生労働省の資料では数値で明確に裏付けられてはいない。
 
 厚労相の諮問機関「介護給付費分科会」に6月に出された資料では、居宅介護支援事業所におけるケアマネジャーの従事者数は2021(令和3)年に11万7000人。19年の11万8000人から1000人減っているが、20年からは変わっていない。厚労省は…

第18回 少子化対策に透ける思惑、欠ける視点

 少子化対策がホットだ。合計特出生率は2021年には1.30と6年連続で低下した。2022年の出生数は80万人を割り込んだ。すわ一大事というわけだ。
 
 何を今ごろ言っているのかと思う。少子化の傾向は長らく変わっていない。対策に取り掛かるのが30年くらい遅いのである。
 
 しかも、政策のピントがずれている。対策の1丁目1番地は現金給付なのである。政策立案をする高齢の男性政治家に課題への共感がないからではないか、という指摘がある。
 
 子育ての孤独も、仕事と子育てを両立する苦しさも、貧困も、自分では経験したことがない人たちだからだ。
 
■伝統的家族観への回帰を期待?
 さて、児童手当の拡充である。現金を配りたがるのは、選挙を控えた政治家の常ではある。
 
 加えて、今回は伝統的家族観への郷愁も垣間見える。短時間労働や育児休業に現金給付を上乗せして…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第17回 コロナ民間保険をめぐるドタバタ

 新型コロナウイルスをめぐる政策に混迷の色が濃い。医療者や保健所が重症患者に神経をすり減らしているのに対して、一般市民は相当にコロナ慣れしてきている。
■検査待ち
 あれ?と思ったのは、テレビの映像だった。第7波に入り…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第16回 マスクも同調圧力で外すのか

 降ってわいたようなマスク騒動だった。いや、そういう表現は不適切かもしれない。多くの人はもう、マスクに嫌気がさしていたのだろう。
 新型コロナウイルス対策のマスク着用が海外では緩和され、ノーマスクで歩く人がテレビで大写しになる。それなのに、日本では…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

1週間無料でお試し購読ができます  詳しくはここをクリック

新着記事は1カ月無料で公開

有料記事は990円(税込)で1カ月読み放題

*1年間は1万1000円(同)

〈新着情報〉〈政策・審議会・統計〉〈業界の動き〉は無料

【アーカイブ】テーマ特集/対談・インタビュー

コラム一覧

【アーカイブ】現場ルポ/医療介護ビジネス新時代

アクセスランキング(4月15-21日)

  • 1位
  • 2位
  • 3位 90% 90%
メディカ出版 医療と介護Next バックナンバーのご案内

公式SNS