エーザイの抗認知症薬「レカネマブ(レケンビ)」が日本でも承認された。年内には薬価がついて医療現場に登場する。だが、気になることがある。
今までよりも、「認知症早期」の診断を、多くの人が受けるようになる。レケンビの対象者が、アルツハイマー型認知症「早期」と軽度認知障害(MCI)の人だからだ。
早期に検査を受ける人が増えて、確定診断を受ける人も増えるはずだ。その不安に対応できる社会になっているのだろうか?
この人たちは、要介護認定を受けるには症状が軽い。行政サービスの網の目からはこぼれ、日々の暮らしや将来への不安を抱える人がむしろ増えるのではないか、との懸念がある。危機感をもって地域づくりを進めないと間に合わない、と思うのである。
対象者は介護保険の対象になるか?
早期のアルツハイマー型認知症やMCIと診断されても、介護保険の認定が受けられれば、少なくとも行政サービスと接点ができるし、情報も届きやすい。
だが、この段階の人たちには要介護認定は出ないと思う。要支援の認定は出にくくなっているし、見守りや生活援助のサービスは縮小している。早期認知症の人は、ほとんどのサービスの対象にならないのではないか。
厚生労働省のある官僚にそう言ったら、「総合事業の対象にはなるんじゃないでしょうか」と言われた。「介護予防・日常生活支援総合事業」のことだ。そうね。このサービスは自立の人も対象になるからね。
確かに、軽度認知症の人に本当に必要なのは介護サービスよりも、総合事業のような「参加の場」かもしれない。少しの手助けと配慮があれば日常生活ができるから、やりがいや達成感をもって取り組める事業があるといい。
当事者団体からは、診断を受けた認知症の人たちが集まる「本人ミーティング」の場を求める声がある。他にも、診断されたときの不安として、「これからどうなるのか、どう暮らしていけばいいのか、誰も教えてくれなかった」との声も聴かれる。
早期認知症だと診断されて薬の投与を受けても、レケンビは悪化のスピードを抑制する薬だから、当人が効果を実感するのは難しいだろう。
不安にこたえる相談窓口やピアカウンセリングなどの場も含めて、地域に多様な場があることが望ましい。コロナ禍で後退してしまった通いの場を急ぎ充実させていく必要がある。
早まる診断のタイミング
確定診断を受ける人が増える理由は、レケンビ登場による検査需要の増加以外にもある。検査の技術自体が進歩していることだ。すでに、アルツハイマー型認知症の診断を血液で行う検査が承認されている。
血液や尿でアルツハイマー型認知症を簡便に診断する時代がすぐそこまで来ている。確定診断を受けるタイミングは早まり、患者数はさらに増えると考えるのが自然だ。
今のところ、レケンビを使う際には、脳内に有害なタンパク質がたまっていることをPET(陽電子放出断層撮影)などで確認することが想定されている。PETのある医療機関は少なく、当初は投与できる医療機関は限られそうだ。
血液検査が承認済みなのに使われないのは、現時点では診断の精度がPETより劣るからだ。レケンビの副作用は小さいとは言えないから、厚生労働省には、当初は新薬を慎重に使いたい気持ちもあるだろう。
ただ、米国の製薬「イーライリリー」社もレケンビと類似の抗認知症薬「ドナネマブ」を日本で承認申請しており、近く登場が予想される。
検査機器のメーカーがこんな好機を逃すとは思えない。技術の進歩によって侵襲が低く、精度の高い検査が出てくることは歓迎だ。しかし…。
さて、冒頭に戻る。そうなったときの環境はできているのか、ということだ。「早期診断、早期絶望」と言われた環境をどう変えるか、急ぐのは今しかない。
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棟方志功展を見に行った。ゴッホに傾倒して絵を始めた人であることを、恥ずかしながら知らなかった。なるほど、初期の絵はゴッホとかセザンヌのよう。
それが展示方法のせいなのか、実際そうだったのか分からないが、あっという間にあの棟方志功になる。
「民藝運動の父」と呼ばれる柳宗悦に気に入られたのは至極ごもっともな感じ。やっぱり常人の業ではないパワフルさで、だっだだぁ、とか、どどどどーんなどの擬態語が似合う。
菓子店の包装紙も手提げ袋も、依頼があれば厭わず手がけたというあたりも好ましい。つられて、ショップで神戸市・亀井堂の瓦せんべいを購入した。包装紙を文庫本のカバーに仕立てたのは、民藝な1日に感化されたか。

時不知すずめ(ときふち・すずめ) 医療や介護について取材する全国紙記者