2024年8月、厚生労働省は介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)の実施要綱およびガイドラインの改正を発表しました。法改正を伴わなかったため専門メディアを含めて報道は少なく、自治体職員の理解はまだ十分ではないと感じています。
しかし、この改正は、厚労省が「フルモデルチェンジ」と表現するように、政策の目標は変わらないものの、実施・運営方法において大きな方針転換が行われています。今回は制度改正の詳細ではなく、マクロな視点からその背景と狙いを考察してみたいと思います。
そもそも総合事業の背景と狙いは何だったのか
2015年度に導入された総合事業は、全国統一基準で運営されていた要支援者(以下、軽度者)向けの保険給付サービスの一部を市町村の予算事業に転換し、提供主体に専門職以外の民間企業や住民活動(ボランティアなど)を組み込むことが大きな特徴でした。この制度導入の背景には、2つの事情がありました。
第1に、軽度者向けサービスの選択肢を増やす必要があったことです。要支援状態とはいえ比較的元気な軽度者は、活動的で日常生活の様子も嗜好も多様です。しかし、通所介護や訪問介護は軽度者が対象であっても保険給付であるため、事業所が工夫してもサービス内容は似通っていました。
保険給付によるサービスは1種類しかなく、軽度者の生活ニーズの多様性や介護予防における本人の動機付けを考えると、個々の嗜好に合わせたケアマネジメントは現実的に難しい状況でした。多様な価値観を持つ団塊世代の利用が増え、サービスの多様化が求められたのです。
第2に、深刻化する介護人材不足への対応として「脱・専門職依存」が求められました。総合事業が導入された当時もすでに要介護者の増加と生産年齢人口の減少が進行しており、従来のように専門職がすべてを担う役割分担では持続可能性がないことは明らかでした。
介護専門職以外が支援を担う方法を模索することが大きなテーマとなりました。そのため、総合事業では従来の保険給付サービスの基準を緩和し、介護事業所以外の参入を促進しました。財源問題も指摘されることがありますが、保険給付(総給付費)に占める要支援者向けサービス費用は約5%であり、削減効果は非常に限定的です。
つまり、専門職に依存することなく軽度者向けサービスの多様化を進めることが総合事業の基本的な考え方でした。
しかし、総合事業の進捗は必ずしも順調ではありません。制度開始から10年が経過しても軽度者向けサービスの転換は進まず、大半は総合事業以前からの保険給付に相当する「従前相当サービス」(本来は当面の暫定措置として設定されたサービス)のままという自治体が多く存在しています。
2024年の改正は、制度発足当初の目的を再確認し、強く巻き直す意味があると考えられます。
介護保険市場に民間参入を促す発想からの脱却
改正前の総合事業では、主にサービス類型としてA、B、C、Dなどのモデルが例示されていました。
厚労省はこれを例示に過ぎないとしていますが、自治体には厚労省の示すA~Dに従うよう求められているように感じられ、多様性に乏しい仕組みでした(実際、厚労省は実態調査で、自治体からA、B、C、D別にサービス量を聞き取っています)。
例えば、厚労省が例示したA型サービスは、従来の基準の一部(人員配置基準など)を緩和して民間企業などが実施することを想定し、「基準緩和型サービス」と呼ばれました。
サービス内容は従来の介護保険サービスと類似しており、訪問型サービスでは「老計10号」(※)の範囲内であることが求められました。言い換えれば、「民間企業の参入は歓迎するが、介護保険制度の土俵に上がってください」という仕組みでした。
介護保険事業の人材不足から民間企業の参入を促したといえますが、ビジネススタイルは制度主導型であり、民間の創意工夫が十分に生かされる形にはなっていませんでした。各企業の強みを生かす前に、ビジネスを介護保険制度に寄せることを求めたため、民間企業にとっては魅力が乏しく、参入が限られるのは当然でした。
今回の改正では「基準緩和型」という表現がなくなり、「老計10号縛り」も解除されました。介護保険制度の下請けではなくなったといえます。
民間企業の強みを生かしたサービスを基盤に、虚弱高齢者を支えるためのコストなど、市場サービスとして成り立ちにくい部分のみを総合事業の財源で調整し、財政支援するという発想に転換されました。
自己負担についても「1割負担」にこだわらず自由に設定できるようになり、民間企業に対する支援も指定・委託に加えて補助も創設され、事実上どんなサービスでもデザインできるように改正されました。
民間企業側に土俵が移ったことを意味しています。例えば定額乗り放題タクシー事業や、旅行同行サービス事業をデザインすることも可能になりました。
保険者に求められる強いマネジメント力
これまでの総合事業は保険サービスに類似していたため、事実上の制約が多く、大きな成功は見込めない一方で、財政的に大きく失敗するリスクも小さいデザインでした(それでも事業費が上限額を超えている自治体は少なくありません)。
しかし、改正によって自由度が最大化され「なんでもあり」になりました。「要支援者のニーズに対応したサービス」をデザインしたはずなのに、「消費者のデマンドに対応したサービス」になってしまう可能性も否定できません。
そもそも民間市場で成り立つサービスに対し、総合事業として補助する必要はありません。逆に、市場で成り立たないニーズにはどの民間企業も二の足を踏むでしょう。
すでに高齢者向け民間サービスは多様です。したがって行政には、どのサービスをどの程度支援するかといったデザイン力とマネジメント力が求められます。
総合事業以降、基本チェックリストの導入によりサービスへのアクセスは改善しています。多様で魅力的な民間サービスが総合事業の中に組み込まれるときに、利用者のアセスメントはより一層重要になります。
つまり、今回の改正でケアマネジメントの重要性が高まり、行政は介護保険制度の本来の趣旨である「自立支援」に必要なサービスをデザインできるかどうかが問われることになります。
財源管理についてもより適切なマネジメントが求められます。自治体に課せられている総合事業の上限額は後期高齢者の増加率に連動しますが、超過した場合は自治体と厚労省が個別協議を行うことになっています。
介護保険の費用やサービス需要は75歳以上というより80~85歳以上人口の増加に比例するため、上限額のピークと費用・需要のピークは5~10年程度後ろ倒しになると言われています。
なので、後期高齢者数の伸びがすでに鈍化している中山間地域であってもこれから総合事業の上限を超える地域が出てくることも予想され、財政のマネジメントはますます重要になるでしょう。
今回の改正により、自治体の自由度は飛躍的に向上しました。大盤振る舞いの支援策を打ち出せば、簡単に上限額を超え、超過分は国や都道府県からの支援なしに市町村保険者が全額負担することになります。結果的に、被保険者や納税者の負担増につながる可能性があります。
専門職人材不足と財政的制約の中で折り合いをつける、つまりマネジメントがこれまで以上に重要になるのです。
※老計10号:訪問介護で提供可能なサービス内容を規定する通知で、2000年に厚生労働省老健局老人福祉計画課が発出し、2018年に一部改正された。訪問介護のサービス内容は現在もこの通知に依拠して制限されている。総合事業では、従来、この通知を訪問型サービスAに適用してきた。

岩名礼介(いわな・れいすけ) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社主席研究員、共生・社会政策部長
自治体支援を専門とし、在宅医療・介護連携推進事業や生活支援体制整備事業、介護保険事業計画などのコンサルティング・研修に携わる。