髙橋 繰り返しになりますが、新生会も新生メディカルも、スタッフの皆さんはとても優秀です。それぞれの施設をお訪ねするたびに、責任者の方々が仕事に誇りと責任をもっていると伝わってきます。新生メディカルのヘルパー(訪問介護「身体0」)さんたちのレベルも高いことが、この対談に先立つ記事で紹介されています。
介護の職場では、人材不足や、人材が定着しにくい問題が指摘されています。人材育成についてはどう取り組んでおられますか。
石原 かつて新生メディカルで旧ヘルパー2級の研修をするとき、最初の何時間かは私がものの考え方をレクチャーしていました。それが研修のスタートで、テクニックは後回しです。考え方が大事。
人を育てる組織
石原 現場に入れば、利用者を一対一で担当するのではなく、複数のヘルパーがチームを作って担当するシステムです。チームでケアすれば、だれか体調が悪くなったりしても交替できますから。
そういうチームを利用者ごとに形成して、その1人をリーダーにします。別の利用者のチームでは別の人がリーダーになります。だから、あるチームでリーダーを務める人は、別のチームでは“ヒラ”のヘルパーです。
こうしてチームごとに、リーダーを中心にして同じケアを提供します。だれもがチームリーダーになって人をまとめる経験を積みます。そんな仕組みを作り上げました。
髙橋 フラットな組織、ですね。
石原 管理するポジションもあって、ヘルパーの中にはサ責、サービス提供責任者がいます。サ責はマネジメント役で、ヘルパーが訪問から帰ってくると、「どうだった?」と聞く。こうして上がってきた情報をまとめて、全員に還元します。
だから家族からクレームが来たときも、まず「何があったの?」と聞きます。ミスがあったとしても、ただ責めるんじゃなく、「どうしたらよかったんだろう」とみんなで話し合う。
ミスは、責任者の会議で必ず報告します。そんなときも、他部署の人は責めずに「そうなった原因は?」「うちは、こうしてうまいこといってる」とアドバイスする。そういう空気を作りました。ミスは隠すな、責めるな、を徹底しています。
そして新生メディカルの管理職は全員女性。女性が多いと、横につながりますね。男は自動的に、黙っていても縦、上下関係を作りがち。
髙橋 日本の多くの会社や事業所、さらに政治や教育分野でも、トップは例外を除いて男です。男って、女はこんなもんだと思い込んで、見下すことが多いです。
介護事業所も同じだと思う。それはタテ型、悪くすると搾取型の組織につながるのですが、新生会や新生メディカルでは横でつながる参加型を形にしたのですね。
新生会を舞台にした映像教材『介護の仕事の道しるべ』(全2巻、2014・16年、自由工房・彼方舎)を拝見すると、そんな職員の皆さんがアセスメントとチームケアを追求している姿を目の当たりに学ぶことができます。介護に携わる多くの方に見ていただきたい映像です。
早い時期にICT導入
髙橋 これまでのお話から、新生会グループは理念を追うのみの組織のような印象をもたれるかもしれませんが、業務の効率化にも積極的です。ケアプランを標準化したり、アセスメント方式を開発したり、ICT化も世の中より一歩先んじました。
石原 新生メディカルのICT化は早かったですね。アセスメントツール「介護・ラ針盤」の開発が2012年、介護記録システム導入が2017年でした。
髙橋 今、国は、介護の生産性向上などと称し、加算で誘導したりしてICT化を進めようとしています。私はこの動きには懐疑的ですが。そうじゃなくて、自分たちの業務を支えていくための必然としてICT化に取り組んでこられました。だからICTがもたらすメリットが組織に内在化されていくのでしょう。
石原 団塊世代が年を取って高齢者人口が右肩上がりになるわけですよ。確実な未来です。そうすると、支え手が少なくなるのはもう常識。当たり前のことですよね。
そのときに備えて、いかに合理的に、無駄なく、そしてできるだけスムーズに物事が進むようにするか。そのための電算化だったんです。私自身はデジタルには詳しくないんですけど、世の中でこれが進んでいることはわかります。
それで、新生メディカルの事務長に「システムを導入してほしい」と伝えました。年配の職員の中には抵抗もあったようですが、試行錯誤しながら上手にICT化を進めてくれました。70代の職員も含めて全員、使えるようになったんですよ。
髙橋 ICT化も優秀な職員あればこそ。
石原 上が命令するだけでできるなら、誰も苦労しませんよ。興味を持ちそうなグループを最初に選んで、まずはそのメンバーだけにやってもらいました。その様子を、他のグループに伝わるように話すんです。それも利用者が端末に興味津々だとか、利用者目線で。それを聞いたグループは、あなたたち何やってるの、と興味を持つ。そうやって少しずつ広げていきました。
髙橋 自主的に自分ごとと捉えて、身に付けていくように、うまくリードされた。厚労省の通達と加算では、そうはいかないでしょうね。そうやって、ICTの必要性とか必然性みたいなものを職場環境で作り出していった土台には、サンビレッジ始まって以来の積み重ねがあったと思います。
お金は後ろからついてくる
石原 私は周りの人に恵まれたと思います。本当に。私がツーといえばカーとやってくれる、実現してくれる仲間がいる。これは得がたい財産です。
太田 職員も石原の考え方や方向性は、よく話し合って共有していますから。これまで新生会として、いろんな建物を建てました。障害をもつ高齢者が、より「普通に」日常生活を送るには…と考えると、いろいろ課題が出てきます。その課題を解決していくための建物なのです。
だから、そこで仕事をする職員にとっても、自分たちの介護のテーマを解決していくための建物になっているわけですよ。
髙橋 そういうお話を聞くと、介護職の離職って、経営者側が大事なところで間違えてると思えてきます。人を物のように扱うから、辞めてしまうのではないでしょうか。職員は差し替え可能な駒で、利用者は介護報酬の原資としか見ない。それは間違いですね。
石原 人間と生活が一番大事じゃないですか。そのためにやってるんですから。お金は後ろからついてくる、と思っています。ただ、いい仕事をしないとついてこない。
太田 私たちは「この利用者にとってどうなのか」を第一に考えます。このサービスならいくら、っていう発想ではなく。
その視点でケアプランを立てて実践するから、職員にとってはいくつかのハードルを越える必要はありますが、やりがいもあるし、仕事は楽しいと思います。だから、長く勤める人が多いのでしょう。
髙橋 それはいいケア職場に共通する社風ですね。
石原 恐れ入ります。創立から50年近く経って時代も変わり、大変な世の中になりましたけど、新生会や新生メディカルがやってきたことを少しでも長く保っていけたらいいと思います。
髙橋 新生会の仕事をいろいろな角度で語っていただきました。改めて、多くの人に知ってほしいと痛感します。本日はありがとうございました。
*新生会が登場するドキュメンタリー映画『安心して老いるために』『終りよければすべてよし』(いずれも羽田澄子監督)やDVD作品『陽の里めぐり』、映像教材『介護のしごとの道しるべ』は彼方舎ウェブサイトから購入できる。http://kanatasha.com/