国が進めている医療分野のDX化によって、私たちを取り巻く環境はどう変化するのでしょうか。システムの合理化は必須となり、マイナ保険証も徐々に普及しています。医療制度の中で生き残っていくには、受け入れて使いこなさなければなりません。
医療のDX化は悪いことばかりではなく、良い点もたくさんあります。医療・介護従事者が患者様や利用者様に直接対応できる時間が増えること、最新情報が手元にすぐ届くこと、それに対応して適切な指導ができること、などが挙げられます。
デジタル化を自分のものとし、道具として使いこなす一方で、国は対人関係にも評価を付けています。機械をつかいこなし、これまで以上に直接業務の質を上げ、対人援助に成果を上げていくことが求められます。
マイナ保険証のメリットがわかりにくい
国はマイナ保険証の普及に力を入れ、2024年12月からは紙の保険証の新規発行が中止されています。マイナ保険証を補完する資格確認書(有効期間1年)が交付されています。
マイナ保険証について、デジタル庁が掲げるメリットは以下の通りです。
1. より良い医療を受けることができます。
2. 窓口で限度額以上の支払いが不要になります(高額療養費制度)
3. 引越しや、就職・転職の後もそのまま健康保険証として使えます
https://www.digital.go.jp/policies/mynumber/insurance-card#merit
厚生労働省が挙げるメリットも似ています。
1.データに基づくより良い医療が受けられる
2.手続きなしで高額療養費の限度額を超える支払いが免除される
3.マイナポータルで確定申告時に医療費控除が簡単にできる
4.医療現場で働く人の負担を軽減できる
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_22682.html
どちらも1番目は「より良い医療を受けられる」ですが、より良い医療とは具体的にどんなものか、わかりにくく、理解が進んでいないようです。メリットの理解が進まないまま、個人情報の塊であるマイナカードのセキュリティを不安に思う方が多いのではないでしょうか。
そのため、マイナ保険証の普及は国の思惑どおりには進んでいないのが現状です。高齢者のデジタルへの理解度や親和度には個人差が大きく、スマホを使いこなしマイナカードを活用している方もいれば、そうでない方、サポートが必要な方もいます。カードの紛失や置き忘れも多くみられます。
マイナカードには保険証以外の情報も入っているので、高齢者本人がうまく使えないからといって介助者が預かって利用を代行することには、大きなリスクが伴います。医療・介護の立場からも、問題が起きた時のことを考えると、安易に預かることはできません。
また、健康保険(マイナ保険証)・障害福祉サービス・生活保護・特定疾病等の公費負担は別々の制度で、マイナ保険証には自動的に紐づきません。これらを利用している方にとっては、まだ便利に使える状態ではないのです。
直近1カ月以内の情報は得られない
現在のマイナ保険証で確認できるのは約1カ月前までの診療情報と薬歴、健康診断の情報です。最新の情報は、電子処方箋が普及するまでは紙のおくすり手帳でしか得られません。これはDXに逆行しています。
電子処方箋を使っていても、紙の処方せんも同時に発行されるのも、無駄ではないでしょうか。我々薬局にとっては、マイナ保険証は電子処方箋が普及して初めてその有効性を発揮します。電子処方箋の普及を期待しています。
医療分野では様々な制度が混じっているので、マイナ保険証を利用しても医療事務の手間は減っていません。取り扱うすべての制度に対応していくにはベンダーに依頼し、システムをレセコン(レセプト作成コンピュータ)に組み込む必要があり、そこにも費用が掛かります。

第192回社会保障審議会医療保険部会(2023年1月23日)資料1より
PCが突然つながらなくなった
個々の薬局によって事情は異なります。専門医療を提供する診療所の処方箋をメインで受けている薬局では、適用される制度もさまざまで、システムを組み込む費用負担も増大します。
制度改正があればそれに応じたメンテナンスも必要だし、現場の私たちにはITの専門知識がないからトラブルが起こると緊急の修理依頼をしなければなりません。
私の薬局で先日、薬歴を保存しているパソコンが突然ネット回線につながらなくなり、患者様の過去歴や情報を確認できなくなりました。クラウドに上がっている情報を取り出せなくなってしまったのです。
いま、薬局業務では紙の情報はほぼ皆無なので、システムが一部でも機能しなくなると全体が止まってしまいます。システムとレセコンのベンダーに復旧を依頼し、なんとか1日で解決したのですが…。
これまで通常に稼働していたものが突然止まると、何もできなくなってしまい、恐怖です。だからといって紙に戻すこともナンセンスで、こういったことが起きると想定し、備えておく必要があります。
保険薬局もAI導入や電子処方箋など、DX化をいろいろ進めています。これによって、薬剤師業務が患者様に向かうように、という狙いです。
その一方で、選定医療制度の改革や新しい薬の登場と、患者負担は増加しています。社会保険料の負担も重くなる一方です。このままで国民皆保険制度が維持できるのでしょうか。
薬の流通不足で負の連鎖が続く
薬剤師は医薬品の調達に四苦八苦しています。流通不足は続いたままで、解決の方策を示していただくことが必要です。現状は、医療用医薬品の約20%が限定出荷・供給停止です。医療用医薬品の供給不足は、特に後発医薬品を中心に数年に渡って続いています。
薬局では「入ってこないため多めに発注→入荷しないのでまた発注→かなりの時間がたってからすべての注文がまとめて入荷→在庫過多となり他店舗では不足」が繰り返されます。購入歴のない薬品は納入順位が後回しになり、入れてもらえないなど、負の連鎖が続いています。
現場の薬剤師は入ってこない薬剤を探すため多くの時間を割いています。肌感覚ですが、業務の1割以上を優に超える時間を費やしていると感じます。薬剤師から薬をとったら薬剤師でなくなります。
4月から最低薬価が見直され、ほんの少し薬価が上がります。あまりにも低価格で、赤字で製造していたものが見直されたのは、良い傾向です。これで流通も改善されると良いのですが、どうにかしてほしいと切に願います。

高橋眞生(たかはし・まなぶ) ㈱カネマタ代表取締役
在宅医療薬剤師。千葉・船橋で保険調剤薬局を展開。訪問薬剤管理を長年実践し、在宅患者からの信頼も篤く地域医療に貢献している。