第16回 制度改革を訴える提言🆕

2024年 8月 16日

フォーラムや実態調査をもとに

 フォーラムから2年後の2003年12月、武蔵野市は「介護保険施行5年後の見直しに向けて~武蔵野市からの提言~」を公表する。

提言(表紙)

「提言」の表紙

 介護保険法の附則第5条には、政府は見直しの検討にあたって、「地方公共団体その他の関係者から当該検討に関わる事項に関する意見の提出があったときは、当該意見を十分に考慮しなければならない」と明記されています。

 武蔵野市は介護保険法が成立する前、法案に対して批判的なブックレットを発行したような(第3回参照)“もの言う自治体”です。5年後の見直しについて意見や要望をしっかり表明するのも、自然な成り行きと言えます。

 そこで、庁内に「介護保険施行5年後の制度見直しワーキングチーム」を設置しました。05年度(平成17年度)に予定されている見直しが検討されるのは04年度まででしょうから、01年のフォーラムで出された意見などに基づいてワーキングチームで検討し、提言をまとめました。

 検討に際しては単に我々が保険者として、制度運営についてのみ意見を述べるのではなく、現場の方の意見も反映させようと、03年6月に「武蔵野市介護保険制度見直しのためのケアマネジャー実態調査」を実施しました。

 翌月には、サービス提供事業者、利用者、障害者団体に対して「制度見直しのための事業者等ヒアリング」を実施しています。

 こうして、短期的課題に対する提言と中長期的課題に対する提言の2種類をまとめました。その当時の介護保険制度に様々な問題点が生じているとすれば、早急な見直しが必要で、それを短期的課題としました。見直しに際して時間をかけて検討するか、抜本的な改革が必要と思われる事項が中長期的課題です。

短期的課題への提言は12項目
 短期的課題に対する提言は、現行制度を前提とし、法律や政省令の改正を必要とするような制度の見直しに関する課題を中心に、「介護保険制度施行5年後の見直しに向けた緊急提言」として整理しました。

 これは「提言1」から「提言12」まであります。そのなかには、今読み直してみると、その後の制度改正に影響を与えたと思える鋭い指摘だったなあ、と感じる事項もあります。

 例えば、当時の第1号被保険者の介護保険料は、国が定める標準では所得に応じ5段階しかありませんでした。所得の多い人ほど負担割合が低くなっていたので、累進性を強化して所得に応じたきめ細かい所得段階設定にすべき(提言1)、とか。

 さらに、保険料設定方法に世帯概念が導入されているので、制度本来の個人賦課・個人給付の原則に立ち戻り、個人単位の保険料賦課方式とすべき(同)、とか。

 実際、武蔵野市はこの提言の後、多段階制の介護保険料を独自に導入し、12段階としました。多段階制で累進性を高めると、高所得者の負担は増えますが、高所得者から得た保険料財源を低所得者に回すことができるので、低所得者の保険料を低く設定することができます。再分配機能を強化できるわけです。

 第1号保険料の標準段階は、第3期介護保険事業計画で6段階となるなどその後少しずつ増え、2024年度(令和6年度)の第9期計画ではそれまでの9段階から13段階となりました。もちろんこれは国が示す標準段階で、もっと多い段階を設定している保険者もあります。武蔵野市は20段階です。

 保険者は、原則として市町村とすべきだろうと(提言3)。であれば、保険者にもう少し指導監督権限を付与すべきではないか(提言4)。その後創設された地域密着型サービスでは、市町村が指定権限や指導監督権限をもっていますから、提言4はその道筋を開きました。

 提言に先立って実施したケアマネジャー実態調査では、「要介護認定の有効期間をどう考えるか」の設問に対し、「12カ月が適当」が77.4%と最多で、「6カ月が適当」はわずか3. 9%にとどまりました。

 ケアマネジャーには、半年ではケアプランの目標がなかなか達成できないという実感があったのでしょう。このことから、有効期間は原則12カ月に、としています(提言5)。

提言(目次)枠付き

「提言」の目次

 提言6では居宅サービスと施設サービスの費用負担の格差を是正すべき、と指摘しました。当時はまだホテルコストが施設サービスの給付に含まれていたため、費用負担は在宅よりかなり安く済んでいました。要介護度が同じなのに施設のほうが負担が軽いと、施設入所に拍車がかかります。

 なので、その格差を是正するため、施設サービス費から光熱水費等を除いて介護報酬単価を再評価すべきとしています。その際、低所得者に対して配慮すべきとし、これは現在の補足給付に通じる施策といえます。

 提言7では居宅サービスの充実、提言8ではケアマネジャーの質向上、提言9では「要介護状態になることを予防するための施策を充実させるべき」など、現在なお重要視されていることにいち早く目をつけていました。なんか、すごい内容の提言と思います、手前みそですけど。

早くも財源への危機感
 中長期的課題については、「介護保険制度の抜本的改革に向けた提言」としました。抜本的改革とは、「介護目的税を創設し公的介護を社会保険方式から税方式に」と訴えています。

 その理由は、要介護認定者の増加ペースに伴い介護保険料の高騰は不可避で、自己負担額は(財政審の建議を引き合いに)1割から2~3割に引き上げられると予測し、社会保険方式は限界というものです。

 介護保険制度が始まって25年目の現在、税方式への変更論が取りざたされることはありませんが、2019年には社会保障の財源確保を目的として消費税引き上げが実施されました。給付と負担の問題は、今なお社保審介護保険部会などの重要テーマです。

笹井氏プロフィール02

笹井肇(ささい・はじめ) 公益財団法人武蔵野市福祉公社顧問、社会福祉法人とらいふ顧問

武蔵野市介護保険準備室主査、市民協働推進課長、介護保険課長、高齢者支援課長、防災安全部長などを経て2013年4月~2018年3月まで健康福祉部長。同年4月~2022年3月まで副市長。

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第17回 「新しい総合事業」は介護保険の根幹を揺るがす制度変更🆕

■国は医療系サービスまで移行させようとしていた
 
 2015年4月、介護保険法が改正され、市町村事業である地域支援事業に「介護予防・日常生活支援総合事業」(新しい総合事業)が創設された。介護予防サービスのうち訪問介護と通所介護は廃止され、これらは新しい総合事業に移行することになった。
 
 もともと厚労省は、予防の訪問と通所だけじゃなく、もっと多くのサービスを新しい総合事業に移行させる、という考えでした。介護予防訪問看護とか介護予防通所リハも移すと。法改正前の厚労省担当者と学識経験者、市町村代表との非公式な検討段階の議論で、私はそれに猛反対しました。
 
 その理由は、訪問看護や通所リハは医療系サービスなので医師会の影響下にあり、基本的に市町村独自では単価の設定や需給調整などをコントロールできないからです。
 
 そもそも総合事業の目的は何だったのか。厚生労働省が2015年6月に示したガイドラインでは、①住民主体の多様なサービスを充実することで要支援者の選択肢を広げる、②多様な担い手による多様な単価、住民主体による低廉な単価の設定、③高齢者の社会参加の促進や効果的な介護予防ケアマネジメントを通じて費用の効率化を図る、といった狙いが示されていました。
 
 つまり、総合事業は市町村が住民主体の多様なサービスを創設し育成してコントロールするのが原則じゃないですか。でも、訪問看護や通所リハといった医療系のサービスが、果たして市町村のコントロールで受給調整できるのか。医師会など医療関係者と市町村には、連携しつつもどうしても緊張関係があって…

第15回 制度見直しに向けたフォーラム開催

 介護保険制度が始まっておよそ1年半後の2001年11月8~9日、武蔵野市は「介護保険フォーラムin武蔵野 介護保険制度の検証と改革を……」を開催した。主催は武蔵野市で、全国市長会が後援した。
 
■保険者が現場から声を上げる
 全国市長会の後援をいただいたこともあって、全国各地の市町村長、自治体の実務担当者、学識経験者、サービス事業者、市民など大勢参加してくださいました。
 
 事前に開催案内したところ600人以上の参加希望があって、会場である武蔵野公会堂のキャパを大幅に超えてしまいました。急遽、近くのホテルも借り、それでも参加希望者全員は収容できないので、抽選で465人に絞って開催しました。
 
 介護保険という全く新しい制度が導入され、しかも市町村は保険者、いわば制度運営者です。市町村はみんな、準備段階から大変な思いをしてきて、いざ始まったという高揚感というか、熱いものがあったと思います。スタートから2年目ともなると…

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第14回 医療と介護の連携は介護保険創設前から

 2015年度(平成27年度)には、介護保険法に「在宅医療・介護連携推進事業」が市町村事業として定められ、18年度以降はすべての市町村がこの事業に取り組んでいる。要介護高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けるために医療と介護の連携が不可欠であることは、今ではほとんど常識だが、武蔵野市の医療介護連携は、介護保険の開始からまもない時期に始まっていたという。
 
■ケアマネジャーが主治医と情報共有するために
 武蔵野市における医療と介護の連携の歴史は、ケアマネジャーとの関わりから始まったといえます。
 
 連載第9回で、武蔵野市がケアマネジャーを大切にしていることをお話ししました。武蔵野市は1999年度(平成11年度)に武蔵野市居宅介護支援事業者連絡協議会を立ち上げて、ケアマネジャー研修会を定期的に開催したり、情報公開や質疑応答などを実施したりしていました。
 
 そして2000年度の介護保険スタートと同時に「武蔵野市ケアマネジャーガイドライン」作成に着手し、01年3月にその第1版が完成したわけです。当時から、介護保険サービスを適切に提供する要はケアマネジャーであり…

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第13回 外出を後押しする移送サービス「レモンキャブ」

 テンミリオンハウスと並ぶ武蔵野市の独自事業「レモンキャブ」は、高齢者などを目的地に送る移動・移送支援サービスだ。その誕生には「ムーバス」が関わっていた、と笹井さんは説明する。
 
 レモンキャブのことをお話しする前に、ムーバスについてちょっと説明しておきたいと思います。ムーバスは、日本初のコミュニティバスとして1995年(平成7年)11月に運行開始しました。福祉部局でなく交通部局の事業です。
 
高齢女性からの手紙がきっかけだったコミュニティバス
 ムーバス事業を始めた最初のきっかけは、その5年前に当時の土屋市長あてに届いた市民からの手紙です。差出人は吉祥寺に住む高齢女性で…

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第12回 市民が主役の生活支援「テンミリオンハウス」

 武蔵野市の高齢者施策は、介護保険財源によらず一般財源に基づく独自事業も多彩だ。総合的な生活支援の「テンミリオンハウス」や移動・移送支援の「レモンキャブ」がその代表である。今回はテンミリオンハウスについて聞いた。
 
■認定で「非該当」となる人への新たなサービス
 テンミリオンハウスが誕生したきっかけは、介護保険制度導入に際して実施した、要介護認定モデル事業(連載第4~6回を参照)です。
 
 要介護認定のモデル事業は、当時のデイサービスやホームヘルプサービスを利用している方を対象に実施したわけです。当時、これらは措置制度に基づく行政サービスで、武蔵野市では予防的な方…

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