2015(平成27)年12月12日、「ケアリンピック武蔵野2015」(第1回)が開催された。武蔵野市内の介護保険サービス事業者をたたえるイベントで、笹井さんは健康福祉部長としてこれを企画した。介護・看護永年従事者表彰や事例発表・ポスターセッション、さらに有識者の講演、市民公開講座と多彩なプログラムだった。
市長が公開の場で表彰
2015年は介護保険が始まってちょうど15年目という節目でした。市として介護保険制度施行後を振り返り、サービス提供の実態を把握すると、現場では制度スタート時の熱い思いとか、情熱、やり甲斐、といったものがだんだん薄まってきているのではないか…という感覚がありました。サービス提供がルーチン化しつつあるように思えたんです。
そこで、武蔵野市民のために介護サービスを提供し続けてくださっている方々に保険者として報いるようなイベントができないか、介護や看護に従事する方々が誇りとやりがいをもって働き続けられる“カンフル剤”のような、そして人材確保の発展に寄与することができるようなことができないか、と考えました。
イベントの柱は永年従事者表彰で、15年以上もの長きにわたって市民に介護保険サービスを提供されている介護職・看護職を、事業所や法人単位ではなく、個人単位で市長が表彰するもの。経験を積んだヘルパーや施設職員が市長から直接、公開の場で表彰される機会です。
先進的な取り組みをオープンに
制度スタートから15年たって、現場には、頑張って成果もあげた、こんなふうに苦労して改善してきた、これは先進的な取り組みじゃないか、っていうようなことがいろいろあると思います。
そういう実績を、事業所や法人の外に伝えて地域全体で共有することはなかなかできません。事業所内や法人内でなら発表の機会があるかもしれないけど。
そこで、自分たちが苦労した、あるいはうまくいったと思う事例の発表の場を盛り込みました。取り組みをオープンにして他の事業所が取り入れれば、地域全体のサービスの質向上につながります。
また、多忙な現場の皆さんには、介護保険制度の意義やサービスの背景を意識する機会はあまりないのではないでしょうか。それで基調講演や市民公開講座も入れました。
ところが、イベントの名称を「ケアリンピック」と決める際、いろいろと物議を醸しました。
庁内では「また笹井部長が変な企画を考えているらしい」「JOC(日本オリンピック委員会)の許可は必要ないのか」「ケアとオリンピックを掛け合わせたようなイベントだから金メダルとか用意するのか」など様々な意見をいただきましたが、「フォーラム」「福祉大会」といった一般的な名称よりもインパクトがあった方がいい、ということで「ケアリンピック武蔵野」に決まりました。
サービス内容を種別に展示
介護保険制度は一般市民にとってそんなに身近ではありません。多くの場合、親が高齢になってだんだん弱ってきたとか、入院して体力が落ちたとか、そんなことをきっかけに初めて介護と向き合い、介護保険制度を意識すると思います。
多くの人は制度について知らないまま介護の問題に直面します。訪問看護と訪問介護の区別すらつかない人が多いでしょう。そんな状態で、ケアマネジャー頼みで限られた情報の中からサービスを選択しているのではないか。
介護保険制度について市民の皆さんにもっと知ってほしいと思い、サービス展示の場も設けました。武蔵野市にはサービス種類ごとに事業者連絡会があるので、連絡会にブースを出してもらい、サービス内容について市民向けに展示しました。
たとえば訪問入浴とは何をするのか、実際に使う浴槽などをブースに展示し、連絡会のメンバーが説明します。同様に、訪問看護、訪問介護、福祉用具…、とはこういうサービスです、と可視化しました。会場に行ってブースを順に見れば、ほぼ全部のサービス内容が具体的にわかるわけです。
連絡会のメンバーも、自分たちのサービスを市民に知ってもらおうと、ブース製作を一生懸命頑張ってくれました。写真を工夫したり、“かぶりもの”を作ったり、アイディアを凝らしていました。
みんな昼間お仕事されて疲れているでしょうに、夜、集まって実行委員会やったり準備したり。ある種学園祭的なノリもあって、盛り上がっていました。自分たちが苦労して提供しているサービスの内容を、一人でも多くの人に伝えたい、という思いがあったと思います。
事業者連絡会というのは事業所からそれぞれ代表者を出し、いわば“同業他社”で構成されているわけです。見方を変えれば連絡会メンバーはライバル事業者同士なんです。本来は競争相手なのに、同種のサービスを提供する者同士の一体感が生まれたんですよね。これは、なかなか感動的でした。
それが武蔵野市の介護保険サービスの強みにつながっていると思うんです。サービス担当者会議や医療と介護の連携では、多職種が参加するけれど、一職種一事業所というか、職種ごとに一法人しか参加しないじゃないですか。
でも、ケアリンピックは、同じサービスを提供する事業者が一緒に作りあげるんです。ブースを設営しながら顔見知りになって、情報共有したり、議論したり、ということもありました。
住民参加型サービスにも広げる
第1回のケアリンピックは、一般市民を含めて約3000人が来場しました。終了後、テンミリオンハウスを運営している人たちから「武蔵野市で介護とか高齢者サービスを提供しているのは、プロの介護保険サービス事業者だけじゃない。私たち素人の市民だって武蔵野市の介護を支えているのよ」というご意見をいただいたんです。
それで翌年の第2回目からは実行委員会の枠を拡大し、テンミリオンハウスの代表者や生活援助サービスを提供しているシルバー人材センターに加わってもらいました。事例発表やポスターセッションも、テンミリオンハウスやいきいきサロンにも門戸を広げました。
こうして住民参加型サービスの皆さんにも間口を広げ、「まちぐるみの支え合い」(=地域包括ケアシステム)を前面に出しました。
事例発表も、近隣の大学の先生方が審査して、優秀賞や審査員特別賞などを授賞するようになりました。取り組みが評価されることは、事業所や法人のモチベーション向上になりますよね。
これまでの内容で評判が良かったのは、実行委員がシナリオを書いて医療と介護に携わる人たちが出演する構成劇です。2024年はそれを7年ぶりに復活させようと実行委員会が頑張っています。
「子ども介護職体験」とか「次世代介護機器の体験・展示会」といった新しい企画も、実行委員会の皆さんから湧き上がっています。
都道府県単位での福祉大会や事例発表会、介護・福祉系学会の大会はあります。でもケアリンピックは実行委員会が企画段階から議論しながらみんなで作る、いろんな思いがこもるイベントです。この第1回の実行委員会メンバーは、今でも親交がありますよ。
毎年秋に開催される(2020年のみ新型コロナ感染症流行のため開催されず)ケアリンピック武蔵野は、2024年も11月30日(土)に開催予定。今回は事前に一般公募(応募は11月11日締め切り)した「介護川柳」の優秀作を発表したり、構成劇「まちぐるみの支え合い~今、あなたにできることは何ですか~」を上演したりする。
https://www.city.musashino.lg.jp/kenko_fukushi/koureisha_fukushi/event_koureisha/1047918.html
笹井肇(ささい・はじめ) 公益財団法人武蔵野市福祉公社顧問、社会福祉法人とらいふ顧問
武蔵野市介護保険準備室主査、市民協働推進課長、介護保険課長、高齢者支援課長、防災安全部長などを経て2013年4月~2018年3月まで健康福祉部長。同年4月~2022年3月まで副市長。