地域のニーズに対応して事業者とともにサービスを創る
介護保険創設から25年。笹井さんは、「地域のニーズに対応して、行政として事業者、すなわちサービスを提供する立場の皆さんと一緒につくってきた、という思いが強い」と振り返る。
介護保険制度がつくられた当時は、家族介護が限界を迎え、介護の社会化が求められていました。制度創設によって措置から保険に変わって25年、ドラスティックな変化もすっかり定着しました。国民にとっては医療・年金の国民皆保険制度とともに「あるのが当たり前の制度」となりました。
これまでもお話ししたように、武蔵野市は措置の時代から地域のニーズに合わせて独自のサービスを組み立ててきました。介護保険導入後も、その伝統を生かしながら豊富なメニューを取り揃えています。仕組みを構築するときは、それなりに苦労しました。
例えば「認知症高齢者見守り支援サービス」。これは武蔵野福祉公社のホームヘルプセンターが提供する武蔵野市独自の介護保険外サービスで、ヘルパーなど介助者が認知症の人と一緒に散歩したり、外食に出かけたり、自宅で趣味活動をしたり、というものです。
介護保険サービスでは、ヘルパーなどの同行支援は日常生活に不可欠な外出(通院や食料品の買い物など)に限定され、それ以外の、喫茶店にコーヒーを飲みに行くような場合は使えません。「認知症高齢者見守り支援サービス」はそういう場合に使え、家族のレスパイトにもなります。
このサービスをつくるときも、ホームヘルプセンターのサービス提供責任者(サ責)と細かく議論を重ねました。今もやりとりを覚えているんですけど、「認知症の方と一緒に外出して喫茶店に入ったとします。そのとき、同行ヘルパーのコーヒー代は誰が負担するんですか。ヘルパーの自腹なんですか」と質問されました。
「それはやっぱり、本人か家族に負担してもらいましょう」「じゃあ、バスに乗って美術館に行く場合の、バス代や入場料は?」「同じように、本人か家族に」。こういう場合はこうしよう、と、いろいろシミュレーションして制度設計していきました。
国家的な政策の制度設計とはまた別次元の、枝葉末節の議論かもしれません。でも、サービス提供側にしてみれば、あいまいな中身のままでは現場は動けない。きっちり細部を詰める必要があり、重要な議論でした。
現場の肌感覚に即して、そうか、そんな場合もあるんだと気づくことも多く、とても面白かったことを覚えています。そうやって、国の制度の隙間を埋めるようなニーズを捉えて事業化してきました。
介護保険制度は財源と人材が大きな課題
いま、介護保険制度はいくつもの課題に直面している。
創設から四半世紀たち、創設当時とはいろいろ状況が変わり、介護保険制度はあちこち軋み始めてきたようです。国も地方も、担当者は世代交代して3代目、4代目、ややもすると5代目になろうとしています。制度や事業をつくった当時の背景や情熱、目的といったものをそのまま継承することは難しくなってきました。
介護保険が始まるころの思想的な議論とか制度設計に関する議論を、2代目あたりはまだ直接見聞きしていたでしょう。でもその次の世代になればそんな経験も乏しくなり、業務としてルーチン化していく。普通の、あって当たり前の業務っていうか。そのこと自体は、どうしようもないと思います。
今後、保険料や税を拠出する現役世代の減少に拍車がかかり、介護保険制度の財源が先細ることは明らかです。これに人材不足を考え併せると、介護保険給付は今のままでいいのか、例えば中重度の要介護者にシフトさせていかざるを得ないのではないかと思います。
一方、元気高齢者や軽度の要介護者向けに、虚弱化をくいとめる活動も必要です。介護保険給付を増やさないため、というより、健康長寿をできるだけ長く保つために。そういう活動には、これまでもお話ししてきた総合事業と自治体独自の事業があります。
武蔵野市の新規の要支援・要介護認定者の平均年齢は82.4歳で、全国平均の81.5歳、東京都平均の81.2歳に比べて1歳程度、要支援・要介護になる年齢が遅くなっています(すべて2021年)。
経年変化を見ても、2013年度(平成25年度)の新規要支援・要介護認定者の平均年齢は81.3歳でしたが、2021年度では82.4歳と、8年間で1.1歳延びています。
効果を上げている要因としては、テンミリオンハウスやいきいきサロン、総合事業や介護予防事業など、一般会計による事業も含めた総合的な介護予防施策と推察できます。
しかし、これからも総合事業として介護予防事業に介護保険財源を充当し続けるのか。武蔵野市の独自事業はテンミリオンハウスやいきいきサロンなどの活動ですが、今後、その財源は大丈夫なのか。財源問題は大きな課題です。
人材確保・育成はこれからの日本の介護の一丁目一番地
そして財源問題以上に大きな課題は人材確保です。生産年齢人口が毎年加速度的に減少する中で、日本はあらゆる職種で人手不足となっています。介護業界の人手不足はひときわ深刻です。スタッフが足りないと、いいケアができなくなってしまう。人材確保は介護の質に直結します。
人材を確保し、余裕を持った人員配置をして、夜勤はワンオペにならない仕組みを目指さないとだめです、本来は。ところが人材確保のために賃金アップするなら、介護報酬を上げる必要があり、すると、介護保険料や利用者の自己負担も増額しなければなりません。おそらく税も上げなければならないでしょう。
これを避けるために、処遇改善加算によって介護職の賃金アップを図っているわけですが、その効果は限定的です。依然として、介護職の賃金は全産業の平均賃金と比べ、月額8.3万円低い(2024年6月のデータ=第245回社会保障審議会介護給付費分科会「参考資料」より)。
とはいえ、人材確保と離職防止のために、給与面だけが問題なのではありません。介護労働安定センターの「令和5年度介護労働実態調査」によれば、介護の仕事を辞めた理由としては、「職場の人間関係に問題があったため」 が34.3%で最も多い。そのほか、「上司の管理能力が低い、業務指示が不明確、リーダーシップがなく信頼できなかった」も多くあげられています。
一方、同じ調査によれば、「採用がうまくいっている理由」の第1位は「職場の人間関係が良いこと」、第2位は「残業が少ない、有給休暇が取りやすい、シフトがきつくない」、第3位が「仕事と家庭の両立の支援を充実させていること」となっています。
したがって、人材確保については、単に「給与の改善」だけでなく、「働きやすさ」「職場環境の改善」を進めることも「早期の離職防止」「定着促進」の重要なポイントとなっています。 (下に続く)

笹井肇(ささい・はじめ) 公益財団法人武蔵野市福祉公社顧問、社会福祉法人とらいふ顧問
武蔵野市介護保険準備室主査、市民協働推進課長、介護保険課長、高齢者支援課長、防災安全部長などを経て2013年4月~2018年3月まで健康福祉部長。同年4月~2022年3月まで副市長。