肝は介護保険事業計画が達成されないこと
田村 介護保険制度では、保険者(市区町村)は3年ごとに介護保険事業計画を策定します。事業計画には、各サービスをどれだけ整備するか、という計画値(整備目標値)が盛り込まれます。計画値は、ニーズ調査に基づく見込み量から算出されます。
当社では施設・居住系サービスについて、第3期(2006~08年度)事業計画から現在の第9期(2024~26年度)まで、計画値と、実際の整備量(都道府県がまとめる)を追いかけています。計画値と実績値をウォッチしているのです。*1
髙橋 とても貴重なリサーチです。
田村 なんと、第3期以降ずっと、計画値のほぼ7掛けぐらいしか整備できていないんです。達成率が最も高かったのは第7期(2018~20年度)の87.9%で、最低は第8期(2021~23年度)の66.3%でした。計画値そのものも、期を重ねるごとに縮んでいます。
髙橋 高齢者が増え介護保険サービス利用者の数も増えているのに。
田村 ここが一番の肝だと私は思っています。介護保険事業計画は介護保険事業の屋台骨といえます。ところが、ニーズに基づいて計画したにもかかわらず、その7割程度しか整備できない。それはすなわち、必要とする人にサービスが提供されていないことに他なりません。
事業計画の必要量に沿ってきちっと造っていけば、不要なサ高住や住宅型有料を造る必要もなく、おかしなものはできてこないはずです。
髙橋 達成率が7割程度というのは、どんな理由からですか。
田村 まず都市部では、特養を計画に入れても、土地代が高くて手を挙げる社会福祉法人がないでしょう。加えて最近は建築費も高騰して、とても造れない。特養の待機者が減少しているから、という自治体もあります。
様々な理由はあるけれど、結局、未達成となる。市区町村には本来、達成する責任があるはずです。それなのに、もう平然と「しょうがない、社福も含めて民間から手が挙がらないんだから」で終わらせてしまう。
未達であれば、入れなかった人がいるはずです。であれば、次期の事業計画ではそれを見込んで、多めに計画を立てるのが筋のはずですが、そういう発想すら全くないんです。
介護保険事業計画は介護保険料にリンクしています。隣の自治体より保険料を高くしたくないと首長が考えることもあるので、おのずと計画は抑えめ抑えめとなりがちです。
そして実績は、さらにそれを下回る。介護保険事業計画がきちんと計画され、計画どおりに実施できれば、状況はものすごく変わると思うんですが。
良質な高齢者住宅とは
髙橋 田村さんは高齢者の良質な住まいをどう作っていったらいいか、さまざまな活動をされています。良質な高齢者住宅の条件って、なんでしょうか。
田村 有料老人ホームはもちろんのこと、特養も住まいの場です。住まいの場では3食を提供するわけですから、まず、食事が重要と思います。食事のあるべき形は、好きなときに・好きな場所で・好きな人と・好きなものを食べることでしょう。できれば地産地消、地元の食材を調理して提供するのが理想です。
地域にはその土地のおいしいものがあり、長年培われた食習慣があると思います。高齢者の生活の場では、その地域にどういう歴史があってどういう食べ物を味わってきたのか、ということはとても重要です。そういう食事を、好きなときに好きな場所で好きな人と食べることができれば素晴らしいと考えます。
食の領域以外では、適度な距離で外部とつながることができて、同時に、適度に閉じ込もることもできる。両方が満たされるスペースがあることだと思います。
髙橋 ユニットケアの提唱者である故外山義さんが提案された、プライベートな空間・セミプライベートな空間・セミパブリックな空間・パブリックな空間。これらを配置することですね。
高齢者住宅には、単なる中廊下-両側個室型の設計が多いです。ユニットケアは特養の専売ではなく、高齢者が生活する場の標準でなければならないはず。しかし、このことを理解している設計者やデベロッパーは少ないと感じます。
田村 そして、住まいが「1部屋」の単位じゃなく、「1戸」と扱われること。「1部屋」って施設の居住スペースのことだから、そうじゃなく、住宅として扱われることも重要です。それを、外部とつながる共用スペースとどう連動させるかが、高齢者の住まいを設計する際の大きな課題だと思います。
もう1つ、木(もく)をどう使っていくか。コンクリート造りの高層ビルの1室より、木造1~2階建てで接地性が高く、すぐ外に出られる、すなわち地面を踏めること。その地面には緑がある。東京の場合、そんな土地はそもそも少ないかもしれないけど、そこを、あえて目指していくことです。
そのほか、照明や内装、水回り、福祉用具など、ジャンル別に考察して冊子『私たちのエルダーリビング―明日の高齢者住宅―』を発行しました。*2
髙橋 そういう理想的な住まいや仕掛けを妨げるものはなんでしょう。昨今はケアの世界にもビジネス至上主義が入り込んでいます。有料老人ホームのフランチャイズ化・全国展開もビジネス優先で、そうなると地域包括ケアといえるのか、疑問です。
地域と切り離され、閉ざされていくことをどう克服し、地域ケアを根付かせるのか。最近、子どもの地域拠点となるサ高住が現れて、地域とのかかわりを意識する動きも出ているようです。ケアの問題はビジネス優先の思考では解けないはずです。
田村 介護施設で食事を提供する場合は食堂が必要で、保健所への届出も必須です。そこで有料老人ホームの食堂を開放し、地域の人に食べに来てもらおうと思っても、法律上、外部の人を入れると保健所の許可が下りないんです。開放したくてもできない。法律を変える必要があります。
今の時代、塀で囲って地域から隔絶した有料ホームは評価されなくなっています。地域の人がどれだけ中に入って来られるか、中の人がどれだけ地域に出ていけるのか。その仕掛けをどう作るか、サービスの評価につながっています。
有料老人ホームを施設という人がいますが、私は住宅と捉えています。施設で生活するとは、お仕着せのサービスに順応していくことです。住宅で生活するとは、自立した暮らしを営むこと。両者の差は大きい。
サ高住の功績は、住宅であると打ち出したことです。国交省が中心の事業ですから、あくまで住宅だと。有料老人ホームはそういうサ高住に引っ張られて、住宅という位置づけになった。これはサ高住が生んだ大きな効果だと思います。
居室面積も、サ高住は1戸あたり原則25㎡(条件によっては18㎡以上)と定められています。ところが有料老人ホームの個室は13㎡以上です。どうしてこんな差があるのか。有料老人ホームを住宅として扱うのであれば、25㎡であるべきでしょう。
大都市高齢者の地方移住は絶対にありえない
髙橋 これから高齢者数はピークを迎えます。とはいってもそれは都市部だけの問題で、都市部以外ではすでに高齢者も減りつつあります。地方消滅への危機感や高齢者の移住をあおる議論も、ときどき息を吹き返すようです。
田村 介護の受け皿がないから東京圏の高齢者は地方へ行けという主張には、私はずっと反論しています。「日本版CCRC」も同じで、東京圏の人が行くわけがない。そもそも地縁も血縁も何らかの関わりもないところにぽっと行くなんて、絶対にありえない。
特養や有料老人ホームを地方に作って介護を受けたい人はそっちに行きましょう、みたいな発想は、どう考えてもおかしいです。
髙橋 2025年は介護保険誕生から四半世紀であり、団塊世代が後期高齢者となる年でもあり(介護の2025年問題)、地域包括ケアシステムも成果が問われることになるでしょう。高齢者の住まいはケアと密接に関わり、住宅政策にも変化の兆しが見られます。
一方でこの業界には課題も多く、田村さんのお仕事に一層期待します。本日はありがとうございました。
*1 第9期介護保険事業計画の全国自治体のデータは「自治体別高齢者住宅・施設等の需給予測データ2024年版」(タムラプランニング&オペレーティング発行)に掲載され、ランキング化されている。
*2 発行は高齢者住宅支援事業者協議会、販売はタムラプランニング&オペレーティング。