供給先行で普及したサ高住
髙橋 サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)が登場したのは2011(平成23)年ですね。当時の厚労省老健局長は、サ高住のコンセプトを“厚生年金受給者が入居できる質の高い高齢者住宅”と説明していました。
ところが、今やサ高住は住宅でなく施設のように扱われ、囲い込みの問題も出てきています。サ高住をどう評価されますか。
田村 サ高住が登場したのは「介護保険安定期」です。サ高住の前身は高専賃で、さらにその前は高優賃でした。これらをベースに2011年、「高齢者の居住の安定確保に関する法律」(高齢者住まい法)を改正し、サ高住が誕生しました。
そもそも高専賃のニーズはそれほど高くなくて、供給量も年間1万戸程度だったんです。ところがサ高住については、1室当たり100万程度という破格の補助金を出しました。
この補助金は、土地持ちや、工務店、設計事務所、ハウスメーカーといった人には魅力的で、みんなそこに飛びついて、年間4万~5万戸と、一気に供給が進みました。
つまりサ高住に住みたいというニーズがあったから供給が進んだわけじゃなくて、先に供給サイドに火がついた。造れば目的が達成されるわけですから、造ったあと、入居者の生活支援をどうするか、その発想がないままのサ高住が大量にできちゃったんですね。
髙橋 そもそも、「サービス付き」って、誤解を招くネーミングですよね。介護サービスが付いてる、と思うのが自然でしょう。でも、そうじゃない。
田村 だから最初は混乱しました。実需に合わなかったから、結局、入居者が思うように集まらず倒産したり、囲い込みの問題が出たり、サ高住はおかしな方向に向かってしまいましたね。
需要と供給のミスマッチでした。要介護状態の人が特養に入居したくても、待機者リストが52万人にも及んで入れない。有料老人ホームは費用が高い。そこに出てきたのがサ高住だったわけですが、要介護の人への介護サービスは必ずしも十分ではないのが実情でした。
髙橋 自立の人しか住めないサ高住もたくさんあるし。
田村 もっと特養が供給されたり、手ごろで高品質の有料老人ホームが出たりしていたら…。つまり、特養や有料が要介護者のニーズに応えていたら、サ高住に入る人はいなかったでしょう。
現在、サ高住入居者の介護度は要介護3以上が4割弱(国交省「サービス付き高齢者向け住宅に関する懇談会 第8回資料」より)で、介護付き有料と変わらないわけです。
補助金に魅力を感じた人が造り、行き場のない人が入居しましたが、今では年間7000戸ぐらいしかできていません。最近は補助金もまもなく終了、といった話も出てきて、ハウスメーカーは引き気味ですから、もうサ高住の供給はそんなに増えないでしょう。
高齢者住宅の歩み(再掲)
タムラプランニング&オペレーティング作成資料をもとに編集部作成(一部改変)
髙橋 有料老人ホームやサ高住の経営者って、利益至上主義、収益を上げるためなら何でもするようなタイプではいけないんじゃないでしょうか。オーナー経営者であっても雇われ経営者であっても。
田村 ええ。有料老人ホームは単なる建物ではありません。暮らしの場、すなわち人が交わる人間模様の場ですから、様々な、ときに想像を絶するようなことが起こります。それにどう対応するか。そのなかに入り込んで、問題がどこから起こるのかがわかる経営者であれば、おのずと対処法も見えてくるでしょう。
以前、大企業が有料老人ホームを造って、運営会社の社長に部長クラスを据えたケースが増えた時期がありました。そういうサラリーマン社長は現場からは距離を置きがちで人間模様にも無関心。いろんな問題が解決されないままこじれて社会問題化していく、みたいなことも確かにあったと思います。
髙橋 「ホスピス」と称する業態もさまざまです。ある業者はウェブサイトでは割とまっとうなことを言っていて、在宅型病床をコンセプトに「ホスピス施設」を全国展開しています。ホスピスという言葉は本来、施設や建物ではなくケアの名前なのに、安易に使われています。
田村 この業者の施設の入居者は末期がん患者や難病患者が多く、スタッフは看護職が多く介護職が少ないのが特徴です。訪問看護の診療報酬で稼ぐビジネスモデルを確立して、全国紙も持ち上げていましたよね。
訪問看護は医師の指示書がないと提供できませんから、この構造には医師が一枚噛んでいるわけです。医師は本来、いやそんな病名はつけられない、と距離をおけるはずなんですが、プライドのなくなってしまった医師が加担する。
髙橋 ケアの内情はお粗末なのに伸びているんです。退院後の受け皿が足りないこと、高齢者住宅の政策が後手に回っていることがその背景にあります。
ホスピスホームの費用はなぜ安い
田村 要介護者向けホームとサ高住の月額費用を比較しましょう。介護付き有料が最も高額で、サ高住は住宅型より少し高く、無届は非常に安い(下表)。これが今の相場感です。
要介護者向けホームの費用
(60カ月入居時、2024年下半期)
タムラプランニング&オペレーティング調べ
以下は、緩和ケアホームとかホスピス施設などと称するものの費用です。
主な緩和ケアホームの費用
(60カ月入居時、2024年)
タムラプランニング&オペレーティング調べ(一部改変)
ケア付きの入居施設なのに、介護付き有料と比べると軒並み安いんです。なぜこんなに安くできるのか。これらの事業者は、診療報酬を入居者1人当たり月平均60万円得ているからです。
だから利用者負担を安くできるというカラクリです。入居者も集まりやすくなって経営は安定するわけですが、医療費の使われ方としては問題でしょう。
髙橋 とても重要なご指摘です。
田村 こういうものは「必要悪」と言われたりもします。がん末期で退院したけれど家には帰れない場合、そんな状態で受け入れてくれるホームは社会的に意義がある。そこが悪事を働いても仕方ない、必要悪だ。そんな風潮です。
しかしそういうホームは入居者に不要なサービスや医療を受けさせ、本来は必要ない医療費を得て利益を出している、という構造です。それを、いわゆるビジネスモデルとして作り込んで、同じスタイルのものを全国展開して数を増やせば儲かる、上場もできる。
そんなやり口が、今やこの業界に入り込んでいます。そのことはきちんと指摘するべきです。
髙橋 おっしゃる通り。利用者負担を安くできても、医療費は増えて、そちらにツケが回っていることになりますね。
さて、一部の有料老人ホームが、入居者が難病などの場合に紹介会社に1人当たり150万円支払っている、と先ごろ報道されました。紹介料を規制する法律はないとはいえ、紹介業者にも問題があるようです。
田村 紹介業者とホームの間で、裏でそんなお金が動いてると。そしてこのことを、入居する本人や家族は知らないんです。実は私の会社では7年ぐらい前までホームの相談事業をやっていまして、実際に数十件、紹介しました。
ただし、紹介したホームからは、紹介料・仲介料は一切もらいません。相談に来た人から会費をいただいていました。客観的なデータに基づいて、その人が探してるものに合うところの情報を提供する対価として。こういうスタイルは、弊社ともう1カ所だけでした。
髙橋 本人の選択を尊重するうえでも、それがあるべき姿です。しかし、裏でお金が動くような場合、そこに本人の選択があるとはとても思えません。
田村 まったくです。福祉3原則に自己決定の尊重が含まれるデンマークのように、自分で決めることを周りが尊重するようになってほしいと思います。
(「下」に続く)