ワンストップの窓口
11月、国立市が実施する「シニアカレッジ」で講師を務めた。市民を対象に、高齢期の健康・福祉や国立市について学ぶもので、今年で10年目となる。
テーマは「保健・医療・福祉サービスの日欧比較」。私にとっても、久しぶりに日本の介護保険と外国の制度をじっくり考える機会となった。そこで、高齢者ケアの先進国として知られるデンマークの「生活支援法」を題材にした。
生活支援法は1976年に施行された。これにより福祉関係の法律が統合され、行政の窓口が一本化されたのだ。さまざまな困りごとをワンストップで解決するという、画期的な施策といえる。80年代前半にデンマークで社会大臣を務めたアナセン(アンデルセン)が、この施策の意義を以下のように語っている。
「認知症で重度のリウマチ、目も耳も悪く、エレベーターのない集合住宅に住む高齢女性が、普通に生活を送るには、まず眼鏡や補聴器が必要。住宅改修や、ヘルパーによる家事援助、外出するための送迎サービスも必要」
「この人が自分だけで眼鏡や補聴器をあつらえ、住まいを改修し、ヘルパーを探すことは無理。こういう問題に1カ所で対応できる窓口が行政にあれば、非常に効率的で、ニーズに合ったサービスを提供できる」
「必要な援助がただちに提供されなければ、この人は非常に短期間に認知症が重くなり、入院せざるを得なくなる」=以上、『「寝たきり老人」のいる国いない国』(大熊由紀子、ぶどう社)より要約
では現代の日本で同じような人がいたら、どうなると思いますか、と受講者に問いかけた。デンマークと同じことはとてもできないだろう。
介護保険制度の限界
日本では、要介護高齢者の生活を見渡しケアを設計するのはケアマネジャー、ということになっている。でも、介護保険を申請して、認定を受け、ケアマネを探し、実際にサービスを受けられるまで1カ月はかかる。その間に転倒して入院し、状態が悪化することもあるだろう。
要介護認定を受けていなくてもまずサービスを受けることは可能だ(新田クリニックではこういう人とつながった場合、必ずそうしている)。しかし、あまり聞いたことがない。
ケアマネジャーは住宅改修は手配するけれど、眼鏡や補聴器までは関知しない。さらに最近は、ヘルパーが足りず、家事援助(生活援助)が手薄になっている。ケアマネ不足もじわじわと進んでいるようだ。介護保険は優れた制度だが、課題も多い。
そんなことを議論するうちに、そう遠くない将来、介護保険はあってもサービスがない社会になりはしないか、という方向になった。受講者の若い市職員が、じゃあどうすればいいんでしょう、と漏らした。
負担は「取られ損」ではない
ヘルパーが足りないのは、第一に、報酬が低いからだろう。なぜ低いのか。財源が少ないからだ。なぜ少ないのか。介護報酬(介護保険給付)は社会保険料と公費から賄われるが、最近は保険料も税も目の敵にされている。
デンマークの高福祉は高い税金に支えられる。たとえ高負担であっても、決して「取られ損」ではない。日本の世論はどうだろう。税も保険料も「取られ損」という、間違った思い込みが根強くないだろうか。高負担は嫌だけど高福祉が欲しい、という心理はわからなくはないが、絶対に無理だ。
そのことが世の中に浸透していない。もし高負担は嫌だから低福祉でいい、ということなら、それで構わない。高齢者向けサービスも医療サービスも少なくていいなら、そうすればよい。
解決のカギは、能力に応じて負担する応能負担を進めることではないか。これを、「働いたのに報われない」ではなく、「社会の一員としての負担」という意識に変えていかなければならない。
新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長
1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。