ホスピス型ホームの問題
日本在宅ケアアライアンスの会報誌の巻頭言で、二宮尊徳の名言として知られる「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」が紹介された(筆者は板井孝壱郎氏)。これに倣えば、「道徳なき在宅医療は犯罪」と言える。
ホスピス型有料老人ホームとかホスピスホームなどと呼ばれる“施設”の問題が取り沙汰されている。難病や末期がんの人を入居させて看取りまでケアすると謳うが、訪問看護の報酬が不正請求されているという。明らかにこれは「道徳なき在宅医療」で、「犯罪」的と言わざるを得ない。
こうした犯罪的行為がまかり通る背景には、退院後に帰る場所がないことがある。患者本人が「もとの家には帰りたくない」と言っているからではない。病院と家族が「この状態では家に帰れない」と本人抜きで決めているからだ。
退院後に家に帰れないなら、どこに帰るのか。ホスピス型有料老人ホームはそういったニーズの受け皿になった。
多摩地区の障害者運動
1980~90年代、国立市や八王子市など東京の多摩地区で障害者の自立生活運動が展開された。障害者が自ら運営する自立生活センターがつくられ、作業所は規模を拡大し、「施設から地域へ」が進められた。車いすの人は、JR中央線の駅にエレベーターを設置するよう求めて交渉した。
このとき障害者は、施設から出て元の家に帰るのではなく、自分の家に帰ることを望んだ。元の家とは、家族の家である。家族と同居して世話され庇護下に置かれるのではなく、ケアを受けながら自立して暮らしたい、と望んだ。
ケアを受けながら自立するとは、自立するためにケアを受けることでもある。自立とは、障害のある人が1時間かけて自分の力だけで着替えることではない。介助者の力を借りて10分で着替えて、自分のしたいこと――外出したり仕事したりテレビを見たり――に時間をかけることだ。
障害福祉サービスはこうして進んできた。介護保険も法律上は自立を掲げるが、介護保険のサービスで自立できるのか。大きな問題である。前回紹介したデンマークの生活支援のような、ワンストップで支える仕組みではないから、あちこちに隙間がある。誕生から25年以上過ぎて、制度疲労に陥っている。
在宅医療の質も低い
そして、重度の人がきちんとしたケアを受けられる仕組みにひずみが生じている。その当然の帰結として、重い状態で退院した人が暮らす場所がホスピス型有料老人ホーム、という事態が生じた。
制度がニーズに対応しきれないから、そのニーズに対応したサービスを提供する事業者が現れる。それ自体は自然な成り行きだ。
ただし、その場合、事業者には高い倫理性が求められる。道徳といってもいい。問題となっているホスピス型有料老人ホームには、残念なことに、これがないようだ。
もうひとつ、これを取り巻く在宅医療の質の低さも指摘しなければならない。そういう患者が在宅で暮らすためにどんな処置が必要か、理解していないのではないだろうか。理解を欠くから目先の症状しか見えず、「道徳なき在宅医療は犯罪」の事態を引き起こしている。
厚労省は今年、訪問看護の全国調査を初めて実施すると報じられている。こうした事態が少しでも良い方向に向かうよう、見守りたい。
新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長
1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。