多様なサービス提供は効率的な働き方にも寄与
一方、処遇面では、いろいろなサービスを組み合わせることにより、ホームヘルパーの待機時間を極力減らすことで効率的な働き方を実現した。大田区内に事業を限定していることで、移動時間が少なくて済むことも大きい。
もっとも、サービスを組み合わせるために職員のスケジュールを調整するのは大変な作業だ。担当者の1人である訪問介護看護事業部長の吉田理枝さんによると「確かに大変だが、比較的時間の融通が利く定期巡回などをうまく組み込むことで対応している」のだという。
代表取締役の田尻久美子さん(左)と訪問介護看護事業部長の吉田理枝さん
なお、田尻さんがIT業界出身ということで、ヘルパーの記録ソフトや連絡用のチャットシステム、事務では会計・人事労務ソフトなど、ICTを活用することへの抵抗がなく、積極的に取り入れていることも業務の効率化に貢献している。
教育・研修事業でユニークなのがマンツーマン講座だ。資格を持っているけれどブランクがあってやり方を忘れてしまった人、これから家族の介護を始めようとしている人、資格を取得して介護職に就く人、事業所に勤めているけれどスキルアップのために学びたい人など、さまざまな理由で受講に訪れている。
講師は職員の介護福祉士と作業療法士の2人が務め、通常の業務の空いた時間を利用して、移乗やおむつ交換など介護に関する作業方法を1対1で教えている。
田尻さんによると「ホームページの1ページで掲載しているだけなのに、受講希望者が絶えず、先日は京都から受けに来た人もいた」そうだ。
地域課題と経営課題の解決へ2つの連携
他事業者との連携に関しては、全区的な地域課題の解決に取り組もうとした際、1社だけで区全体をカバーするのは不可能だと分かったことから、区内の3つの事業者と大田区支援ネットワークを立ち上げた。
一般社団法人としたのは、公益性の高い事業を行うには株式会社という事業形態が障壁になることがあるためだ。
その活動の1つが町工場など区内企業の従業員を対象に、介護に関するセミナーを行うもの。地道に活動を行っていたところ、大田区がその意義を認めて「仕事と介護の両立支援による介護離職防止事業」を創設し、区からの委託事業になった。
このような活動を始めたのは、地域包括支援センターやケアマネジャーの存在といったことだけでなく、介護保険そのものを知らない人がたくさんいることを知ったため。
「大企業なら仕事と介護の両立支援が当たり前になってきているけれど、中小企業はそこまで行き届いていない」(田尻さん)ことから、まず知識の普及に努めている。
もう1つ、大田区支援ネットワークが区から受託したものとして「子育て支援事業」があり、全国120カ所以上で家庭訪問型子育て支援を実施している「ホームスタート・ジャパン」に加盟して、「ホームスタート・おおた」の名称で事業を展開している。
子育て支援のイメージ
同事業では、0歳児の第1子を持つ家庭に、研修を受けた地域の子育て経験者がボランティアとして訪問し、「傾聴」や「協働」を行う。保護者の孤立と虐待を防止するアウトリーチ活動として、地域住民による地域の子育ても応援している。
他事業者との連携ということでは、物価高や介護報酬のマイナス改定など経営環境が悪化する中で、今年6月、大田区支援ネットワークとは別に、事業での運営課題を共同で解決する企業間連携「東京城南BASE.」を東京都城南エリアの3つの介護事業者とともに設立した。
具体的な活動としては、合同説明会など職員の共同採用活動、法定研修・相互職場体験など教育・研修活動、物品の共同購入などによるコスト削減、機器や様式、委員会などの共有による効率化などを計画している。
毎週打ち合わせを行い、例えば採用活動については今年度に合同の面接ツアーのようなものを計画しており、現在、ハローワークと協議しているところだ。法定研修についてもすでに共同で実施、共同購入に関しては事業協同組合を設立した上で行う予定だ。
この連携に関して念頭にあるのは社会福祉連携推進法人の民間版である。「株式会社によるこうした取り組みは難しいのではないか、とよく言われるけれど、実証実験みたいな感じでやっているところもある」と田尻さんは評価している。
地元企業と車いすなどの共同開発も
こうした他事業者との連携だけでなく、地元の住民団体・業界団体・公的機関・教育機関・商店街などとも活発に協働している。
活動内容としては、住民イベントへの参加や小学校での福祉授業の実施、産後間もない母親への乳児への接し方教室、老人会での講義、町会・商店街・PTA・大学と連携した夏休みの子どもの居場所づくり事業、子どもを取り巻く医療・福祉・教育の有志による多職種勉強会など、枚挙にいとまがない。
また、大田区という土地柄、町工場が多いが、そうした企業と製品の共同開発まで行っている。
その1つである介助型車いす「COLORS」は、道路のほんのわずかな傾斜(水勾配)でも、老々介護など力が弱い人にとっては既存の車いすをまっすぐに押せず、それが外出を阻害する要因になるという課題に気付いた現場スタッフの声を基に開発した。
共同開発した車いすは鹿児島県の世界文化遺産「仙厳園」でも使われている
完成した製品は、力をあまり加えなくてもまっすぐ押せ、段差も簡単に乗り越えられるのが特徴で、レンタルとして貸し出している。変わったところでは、砂利が敷き詰められている鹿児島県の世界文化遺産「仙厳園」が、この車いすの砂利道での走行性の高さに着目して使用している。
服薬支援・見守りロボット「FUKU助」は、区内のものづくりベンチャー企業と共同開発した。服薬時間になったら声掛けと薬の払い出しを行う。さらに、服薬状況を家族のスマホなどへリアルタイムで通知したり、ゴミ出しなどのスケジュールを知らせたり、センサーで熱中症などの危険がないよう見守りを行うなどの機能も備えている。
これまで紆余曲折はあるものの、会社は着実に成長してきた。しかし、区外に進出したり、経営を大規模化したりする気はない。
あくまで区内で地道に活動を続け「次世代の業界を良くしていくために、地域で頑張っている事業者が残っていけるように、自分たちの子どもも含めた未来の地域の在り方を踏まえて、今できることをしっかりやっていきたい」というのが田尻さんの思いだ。