今回の介護報酬改定では、訪問介護の基本報酬がすべて引き下げられた。これにより、今後、訪問介護はどうなっていくと考えられるか。また、打撃を受けるとみられる小規模事業者はどうしたらいいのか。介護報酬改定を議論してきた厚生労働相社会保障審議会介護給付費分科会の委員を務め、議論に参加してきた石田路子・名古屋学芸大学客員教授に聞いた。
処遇改善の方向性は評価
――今回の介護報酬改定の内容を全体としてはどう評価していますか。
介護人材不足がいよいよ深刻化する中、処遇改善をとにかくやろうという、その方向性そのものについては間違いないし、今回は処遇改善に向けての施策がかなり講じられたのは確かだと思います。
――訪問介護の基本報酬だけが引き下げられたことについては。
収支差率に基づいて厚労省が判断をしたということになると思います。昨年度の実績では、特養が前年度に比べマイナス1. 0%、老健がマイナス1. 1%だったのに対し、訪問介護は7. 8%とかなり大きなプラスになりました。
さらに、定期巡回・随時対応型訪問介護が11. 0%、夜間対応型訪問介護については9. 9%というように、高い数字になっているものですから、訪問に関しては、収益が上がっているという評価なのですね。

介護事業全体のバランスを取っていくため、マイナスのところを少し引っ張り上げて、高いところは下げるという判断がされたと理解しています。
利用者負担考慮し加算を上乗せしない事業所も
――ただ、収支差率については、施設併設型が引き上げていて、小規模の事業所はむしろ良くないというふうに聞いています。
その通りです。同一建物とか同一敷地内での訪問ではなく、1軒1軒訪問する事業所は、この評価ではやっていけないということで、反対の声が高まり、大きく広がっています。
今回、処遇改善加算については、訪問介護は最大で24. 5%上乗せできるようになりました。それでプラスになる事業所もないわけではないと思いますが、事業者の話を聞くと、これまでやれることは全部やってきた小規模事業所に関しては、そのメリットはほとんどないそうです。
そこに持ってきて基本報酬が減額されることになると、維持費などが物価高騰の影響をもろに受けていることもあって、小規模事業所はトータルでマイナスになるとの試算もあり、本当に危機感を持っています。
実際、単独型の訪問介護事業所は一昨年ぐらいから閉鎖してしまうところが出てきていて、昨年は過去最多となる67件が廃業しています。
訪問介護の最後の砦として、社会福祉協議会が運営している訪問介護事業所がありますが、そこですらこのままでは人員不足もあって維持できないとして、業務を縮小せざるを得ないという話も聞いています。
処遇改善加算については、利用者に負担がかかりますので、それを考慮して、あえて加算をそれ以上積まないことにしている事業所もあります。
加算を上乗せする方法については理解できなくはないし、利用者負担を求めることも否定できませんけれど、現場の人たちは利用者の生活の実情をよく知っていますから、これ以上の負担を求めることはできないということで、事業者は悩んでいると思います。
小規模事業所が生き延びるため協働化を
――介護事業では大規模化が進められていますが、訪問介護も同様なのでしょうか。
大手の力のある事業所が拡大していく方向にあり、それはそれでしっかりやってもらって構わないけれど、利用者の側から言えば、選択肢は多ければ多いほどいいので、大規模化の陰で、小規模事業所が潰されていくことがあってはならないと思います。
そのためには、小規模なところが連携するとか、協働していくとか、そういった仕組みを作り、しっかり残っていくことが大事だと思います。
実際、今回のコロナ禍で、必要に迫られて小規模事業所が協力し合い、連携した例があります。お互いに協力して手が足りなくなってしまったところをサポートしたり、共同でできる作業などを助け合って事業を維持していたという話を聞きました。
厚労省は「経営の協働化・大規模化」と言っています。この内容は令和4年4月に施行された社会福祉連携法人制度が前提になっています。けれど、私は社会福祉法人を前提とした経営の協働化・大規模化もさることながら、地域に根ざした小規模事業所による協働化が重要ではないかと思います。
つまり、「大規模化」と「協働化」は別のカテゴリーで考えた方がいいと思っています。協働化という横連携の仕組みをきちっと地域に根付かせていくことが、今後、小規模事業所にとって大事なことだと考えます。
協働化を地域で、面で広げていくことが、小規模事業者が生き延びていくための1つの突破口になるのではないか。そして、協働化の新たな形の構築を自助努力だけでやるのではなく、厚労省の施策として行い、それを促進するために支援することが必要です。
国の訪問介護のスキル評価に矛盾
――基本報酬に関しますと、身体介護に比べ生活援助は料金が安く設定されています。
実際には、身体介護も生活援助もヘルパーに対して同じ額を払っている事業者がいるということです。差を付けたら誰もやらなくなるからです。
身体介護も生活援助も、大変さは一緒というのが現場の声ですから、生活援助が安く見積もられてしまっていることが問題であると思います。
身体介助と生活援助を一緒に提供した場合の加算もありますけれど、そもそも訪問して一定の時間ケアを提供する際に、身体介護と生活援助を分ける必要があるのかどうか疑問に感じています。
以前から言われていることではありますけれど、ホームヘルパーの専門性の評価の低さが問題です。訪問介護の求人倍率は突出して高く、とにかく人が来ない。実際に働いている人の年齢も60~70代の人が4分の1ぐらいという現状は、早急に解決しなければならない重要課題と思われます。
私は厚労省の外国人介護人材に関する委員会の委員も務めていますが、外国人にとって一番大変なのは、1人で利用者宅を訪問する訪問介護だといわれています。
相当程度のスキルと経験知が必要で、コミュニケーション能力も備えた人でないと無理ということから、ここでは訪問介護のスキルの評価がすごく高くなっています。それにも関わらず、介護報酬の単位数が低いというのは矛盾しています。
訪問介護が弱体化すれば地域包括ケアは形骸化
――生活援助は家政婦でいいじゃないかという意見もありますが、ホームヘルパーは有資格者で、利用者の自立を念頭に置いて生活援助も行っているのが家政婦と違う点だとヘルパーの人たちは言っています。
そうです。そういったことの評価が認められてない。それから、一定の時間ですけれど、生活をともにすることによって、利用者の体調の変化をきちんとチェックして評価する。そして、問題があれば連携している医療機関などに連絡するという、すごくプロフェッショナルな仕事なのです。現在は認知症の利用者も増えていますし…。
それにも関わらず、家政婦さんというかお手伝いさんというか、もっと言えば誰でもできる、女が昔やっていたことじゃないかという見方をする人が未だにいるのですね。そうしたジェンダーのバイアスも含めて再評価を考えるべきと思います。
でも、これから先、超高齢社会を考えると、さらに多くの85歳を過ぎた人たちが自宅で過ごすようになってくる。要介護になったとしても自宅で生活を継続するという時に、自宅に入って一定時間でも生活をともにするヘルパーのスキルは、命綱に近いようなところがあるのではないか。ここを再評価し直すことがすごく大事なことだと思います。
――訪問介護が弱体化するような評価は、地域包括ケアの理念に反しますよね。
そうです。地域包括ケアシステムの要となるサービスの1つに訪問介護があると言えます。そこが崩れていったら地域包括ケアシステムは形骸化します。
――小規模事業所を守っていくためには協働化が必要とのことでしたが、それ以外に何が考えられますか。
実は介護給付費分科会で、私は何度か、訪問に関しては、同一建物・同一敷地内の訪問と1軒1軒訪ねる訪問は、カテゴリーを分けて考えるべきではないかと言ってきました。
現在では有料老人ホームもさることながら、サ高住がすごく増えています。だから、カテゴリーとして、在宅と施設と、その中間の類型サービスを分けて評価すべきです。
訪問介護の基本報酬がマイナスになったことについては、現状を細かく精査した上で、この報酬に耐えられるかどうかをきちんとチェックしなければならないと痛感しています。
今回のこの介護報酬の決定で引き起こされる結果を、毎月でも追っていく必要がある。それで、小規模事業所の経営が著しく厳しくなるようであれば、事業所の数を減らさないための早急な支援策を講じなければならないと思います。
いしだ・みちこ
奈良女子大学大学院人間文化研究科複合領域科学博士後期課程修了 博士(社会科学)。名古屋学芸大学看護学部看護学科客員教授・名誉教授。専門分野は社会保障(医療・介護分野)、社会福祉(高齢者・障害者分野)。社会保障審議会介護保険部会委員・介護給付費分科会委員