第20回 介護保険と高齢者ケアの“これから”(上)🆕

2025年 4月 16日

地域のニーズに対応して事業者とともにサービスを創る
 介護保険創設から25年。笹井さんは、「地域のニーズに対応して、行政として事業者、すなわちサービスを提供する立場の皆さんと一緒につくってきた、という思いが強い」と振り返る

 介護保険制度がつくられた当時は、家族介護が限界を迎え、介護の社会化が求められていました。制度創設によって措置から保険に変わって25年、ドラスティックな変化もすっかり定着しました。国民にとっては医療・年金の国民皆保険制度とともに「あるのが当たり前の制度」となりました。

 これまでもお話ししたように、武蔵野市は措置の時代から地域のニーズに合わせて独自のサービスを組み立ててきました。介護保険導入後も、その伝統を生かしながら豊富なメニューを取り揃えています。仕組みを構築するときは、それなりに苦労しました。

 例えば「認知症高齢者見守り支援サービス」。これは武蔵野福祉公社のホームヘルプセンターが提供する武蔵野市独自の介護保険外サービスで、ヘルパーなど介助者が認知症の人と一緒に散歩したり、外食に出かけたり、自宅で趣味活動をしたり、というものです。

 介護保険サービスでは、ヘルパーなどの同行支援は日常生活に不可欠な外出(通院や食料品の買い物など)に限定され、それ以外の、喫茶店にコーヒーを飲みに行くような場合は使えません。「認知症高齢者見守り支援サービス」はそういう場合に使え、家族のレスパイトにもなります。

 このサービスをつくるときも、ホームヘルプセンターのサービス提供責任者(サ責)と細かく議論を重ねました。今もやりとりを覚えているんですけど、「認知症の方と一緒に外出して喫茶店に入ったとします。そのとき、同行ヘルパーのコーヒー代は誰が負担するんですか。ヘルパーの自腹なんですか」と質問されました。

 「それはやっぱり、本人か家族に負担してもらいましょう」「じゃあ、バスに乗って美術館に行く場合の、バス代や入場料は?」「同じように、本人か家族に」。こういう場合はこうしよう、と、いろいろシミュレーションして制度設計していきました。

 国家的な政策の制度設計とはまた別次元の、枝葉末節の議論かもしれません。でも、サービス提供側にしてみれば、あいまいな中身のままでは現場は動けない。きっちり細部を詰める必要があり、重要な議論でした。

 現場の肌感覚に即して、そうか、そんな場合もあるんだと気づくことも多く、とても面白かったことを覚えています。そうやって、国の制度の隙間を埋めるようなニーズを捉えて事業化してきました。

介護保険制度は財源と人材が大きな課題
 いま、介護保険制度はいくつもの課題に直面している。

 創設から四半世紀たち、創設当時とはいろいろ状況が変わり、介護保険制度はあちこち軋み始めてきたようです。国も地方も、担当者は世代交代して3代目、4代目、ややもすると5代目になろうとしています。制度や事業をつくった当時の背景や情熱、目的といったものをそのまま継承することは難しくなってきました。

 介護保険が始まるころの思想的な議論とか制度設計に関する議論を、2代目あたりはまだ直接見聞きしていたでしょう。でもその次の世代になればそんな経験も乏しくなり、業務としてルーチン化していく。普通の、あって当たり前の業務っていうか。そのこと自体は、どうしようもないと思います。

 今後、保険料や税を拠出する現役世代の減少に拍車がかかり、介護保険制度の財源が先細ることは明らかです。これに人材不足を考え併せると、介護保険給付は今のままでいいのか、例えば中重度の要介護者にシフトさせていかざるを得ないのではないかと思います。

 一方、元気高齢者や軽度の要介護者向けに、虚弱化をくいとめる活動も必要です。介護保険給付を増やさないため、というより、健康長寿をできるだけ長く保つために。そういう活動には、これまでもお話ししてきた総合事業と自治体独自の事業があります。

 武蔵野市の新規の要支援・要介護認定者の平均年齢は82.4歳で、全国平均の81.5歳、東京都平均の81.2歳に比べて1歳程度、要支援・要介護になる年齢が遅くなっています(すべて2021年)。

 経年変化を見ても、2013年度(平成25年度)の新規要支援・要介護認定者の平均年齢は81.3歳でしたが、2021年度では82.4歳と、8年間で1.1歳延びています。

 効果を上げている要因としては、テンミリオンハウスやいきいきサロン、総合事業や介護予防事業など、一般会計による事業も含めた総合的な介護予防施策と推察できます。

 しかし、これからも総合事業として介護予防事業に介護保険財源を充当し続けるのか。武蔵野市の独自事業はテンミリオンハウスやいきいきサロンなどの活動ですが、今後、その財源は大丈夫なのか。財源問題は大きな課題です。

人材確保・育成はこれからの日本の介護の一丁目一番地
 そして財源問題以上に大きな課題は人材確保です。生産年齢人口が毎年加速度的に減少する中で、日本はあらゆる職種で人手不足となっています。介護業界の人手不足はひときわ深刻です。スタッフが足りないと、いいケアができなくなってしまう。人材確保は介護の質に直結します。

 人材を確保し、余裕を持った人員配置をして、夜勤はワンオペにならない仕組みを目指さないとだめです、本来は。ところが人材確保のために賃金アップするなら、介護報酬を上げる必要があり、すると、介護保険料や利用者の自己負担も増額しなければなりません。おそらく税も上げなければならないでしょう。

 これを避けるために、処遇改善加算によって介護職の賃金アップを図っているわけですが、その効果は限定的です。依然として、介護職の賃金は全産業の平均賃金と比べ、月額8.3万円低い(2024年6月のデータ=第245回社会保障審議会介護給付費分科会「参考資料」より)。

 とはいえ、人材確保と離職防止のために、給与面だけが問題なのではありません。介護労働安定センターの「令和5年度介護労働実態調査」によれば、介護の仕事を辞めた理由としては、「職場の人間関係に問題があったため」 が34.3%で最も多い。そのほか、「上司の管理能力が低い、業務指示が不明確、リーダーシップがなく信頼できなかった」も多くあげられています。

 一方、同じ調査によれば、「採用がうまくいっている理由」の第1位は「職場の人間関係が良いこと」、第2位は「残業が少ない、有給休暇が取りやすい、シフトがきつくない」、第3位が「仕事と家庭の両立の支援を充実させていること」となっています。

 したがって、人材確保については、単に「給与の改善」だけでなく、「働きやすさ」「職場環境の改善」を進めることも「早期の離職防止」「定着促進」の重要なポイントとなっています。                 (下に続く)

笹井氏プロフィール02

笹井肇(ささい・はじめ) 公益財団法人武蔵野市福祉公社顧問、社会福祉法人とらいふ顧問

武蔵野市介護保険準備室主査、市民協働推進課長、介護保険課長、高齢者支援課長、防災安全部長などを経て2013年4月~2018年3月まで健康福祉部長。同年4月~2022年3月まで副市長。

このカテゴリーの最新の記事

このカテゴリはメンバーだけが閲覧できます。このカテゴリを表示するには、年会費(年間購読料) もしくは 月会費(月間購読料)を購入してサインアップしてください。

第19回 サービス提供者への感謝を込めて「ケアリンピック武蔵野」

 2015(平成27)年12月12日、「ケアリンピック武蔵野2015」(第1回)が開催された。武蔵野市内の介護保険サービス事業者をたたえるイベントで、笹井さんは健康福祉部長としてこれを企画した。介護・看護永年従事者表彰や事例発表・ポスターセッション、さらに有識者の講演、市民公開講座と多彩なプログラムだった。
 
■市長が公開の場で表彰
 2015年は介護保険が始まってちょうど15年目という節目でした。市として介護保険制度施行後を振り返り、サービス提供の実態を把握すると、現場では制度スタート時の熱い思いとか、情熱、やり甲斐、といったものがだんだん薄まってきているのではないか…という感覚がありました。サービス提供がルーチン化しつつあるように思えたんです。
 
 そこで、武蔵野市民のために介護サービスを提供し続けてくださっている方々に保険者として報いるようなイベントができないか、介護や看護に従事する方々が誇りとやりがいをもって働き続けられる“カンフル剤”のような、そして人材確保の発展に寄与することができるようなことができないか、と考えました。
 
 イベントの柱は永年従事者表彰で、15年以上もの長きにわたって市民に介護保険サービスを提供されている介護職・看護職を、事業所や法人単位ではなく…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第18回 武蔵野市は総合事業でも要介護認定を必須とした

 2015(平成27)年4月に始まった新しい総合事業は、遅くとも18年3月(17年度末)までに開始することが自治体に義務付けられた。武蔵野市は15年10月のスタートとなった。
 
■武蔵野市の新しい総合事業へのスタンスを明確にした
 お話ししたように私は新しい総合事業に対して、保険制度としての介護保険との整合性とう点で大いなる疑問がありましたが、決まった以上は進めなければなりません。
 
 そこで、武蔵野市は総合事業の希望者であっても、最初にサービスを受けるときは必ず要介護認定を受けてください、主治医の意見書も必要です、ということにしました。
 
 そうすれば、窓口によるバラつきも生じません。そのかわり、総合事業対象者の更新時は基本チェックリストだけでもいい、と簡素化しました。
 
 15年4月は第6期介護保険事業計画の開始時期です。武蔵野市は「武蔵野市高齢者福祉計画・第6期介護保険事業計画」で、この中に「平成27年度介護保険制度改正への武蔵野市の対応」という章を設け、介護予防給付の見直しについて説明しました。
 
 そこでは「国の制度見直しに伴う課題・問題点を把握したうえで、武蔵野市として地域の実情に応じた円滑な対応とサービス水準の維持向上を目指す」と、私たちのスタンスを明らかにしています。
 
 そして国のガイドラインを参考に15年3月、「新総合事業対応方針」を整理しました。主な内容は…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第17回 「新しい総合事業」は介護保険の根幹を揺るがす制度変更

■国は医療系サービスまで移行させようとしていた
 
 2015年4月、介護保険法が改正され、市町村事業である地域支援事業に「介護予防・日常生活支援総合事業」(新しい総合事業)が創設された。介護予防サービスのうち訪問介護と通所介護は廃止され、これらは新しい総合事業に移行することになった。
 
 もともと厚労省は、予防の訪問と通所だけじゃなく、もっと多くのサービスを新しい総合事業に移行させる、という考えでした。介護予防訪問看護とか介護予防通所リハも移すと。法改正前の厚労省担当者と学識経験者、市町村代表との非公式な検討段階の議論で、私はそれに猛反対しました。
 
 その理由は、訪問看護や通所リハは医療系サービスなので医師会の影響下にあり、基本的に市町村独自では単価の設定や需給調整などをコントロールできないからです。
 
 そもそも総合事業の目的は何だったのか。厚生労働省が2015年6月に示したガイドラインでは、①住民主体の多様なサービスを充実することで要支援者の選択肢を広げる、②多様な担い手による多様な単価、住民主体による低廉な単価の設定、③高齢者の社会参加の促進や効果的な介護予防ケアマネジメントを通じて費用の効率化を図る、といった狙いが示されていました。
 
 つまり、総合事業は市町村が住民主体の多様なサービスを創設し育成してコントロールするのが原則じゃないですか。でも、訪問看護や通所リハといった医療系のサービスが、果たして市町村のコントロールで受給調整できるのか。医師会など医療関係者と市町村には、連携しつつもどうしても緊張関係があって…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第16回 制度改革を訴える提言

■フォーラムや実態調査をもとに
 
 フォーラムから2年後の2003年12月、武蔵野市は「介護保険施行5年後の見直しに向けて~武蔵野市からの提言~」を公表する。
 
 介護保険法の附則第5条には、政府は見直しの検討にあたって、「地方公共団体その他の関係者から当該検討に関わる事項に関する意見の提出があったときは、当該意見を十分に考慮しなければならない」と明記されています。
 
 武蔵野市は介護保険法が成立する前、法案に対して批判的なブックレットを発行したような(第3回参照)“もの言う自治体”です。5年後の見直しについて意見や要望をしっかり表明するのも、自然な成り行きと言えます。
 
 そこで、庁内に「介護保険施行5年後の制度見直しワーキングチーム」を設置しました。05年度(平成17年度)に予定されている見直しが検討されるのは04年度まででしょうから、01年のフォーラムで出された意見などに基づいてワーキングチームで検討し…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

第15回 制度見直しに向けたフォーラム開催

 介護保険制度が始まっておよそ1年半後の2001年11月8~9日、武蔵野市は「介護保険フォーラムin武蔵野 介護保険制度の検証と改革を……」を開催した。主催は武蔵野市で、全国市長会が後援した。
 
■保険者が現場から声を上げる
 全国市長会の後援をいただいたこともあって、全国各地の市町村長、自治体の実務担当者、学識経験者、サービス事業者、市民など大勢参加してくださいました。
 
 事前に開催案内したところ600人以上の参加希望があって、会場である武蔵野公会堂のキャパを大幅に超えてしまいました。急遽、近くのホテルも借り、それでも参加希望者全員は収容できないので、抽選で465人に絞って開催しました。
 
 介護保険という全く新しい制度が導入され、しかも市町村は保険者、いわば制度運営者です。市町村はみんな、準備段階から大変な思いをしてきて、いざ始まったという高揚感というか、熱いものがあったと思います。スタートから2年目ともなると…

この記事は有料会員のみ閲覧できます。

1週間無料でお試し購読ができます  詳しくはここをクリック

新着記事は1カ月無料で公開

有料記事は990円(税込)で1カ月読み放題

*1年間は1万1000円(同)

〈新着情報〉〈政策・審議会・統計〉〈業界の動き〉は無料

【アーカイブ】テーマ特集/対談・インタビュー

コラム一覧

【アーカイブ】現場ルポ/医療介護ビジネス新時代

アクセスランキング(4月14-20日)

  • 1位
  • 2位
  • 3位 90% 90%
メディカ出版 医療と介護Next バックナンバーのご案内

公式SNS