この連載で2年前、新田クリニックが訪問診療している在宅患者のTさん(90代女性、独居)を紹介した。
Tさんはもともと新田クリニックの外来に来ていた患者ではない。4年前、家の中で転倒して動けなくなり、大声で助けを呼んだ。近所の人が気づいて地域包括支援センターに連絡し、その依頼で訪問診療を始めた。
当時は近所の植え込みを勝手に刈り取ってしまい、近隣住民とトラブルになったこともある。当時から認知症があり、ADLは落ちていたが、とりたてて治療を必要とする持病はなかった。
■ケアはほとんど介護だけ
現在98歳のTさんは、認知症が進みADLも低下してきたものの健在である。ヘルパーが朝昼夕と3回入り、食事や排泄を介助している。
室内を伝い歩きしてポータブルトイレを使い、買い物や調理はできないが、ヘルパーが作った食事を1人で食べる。
訪問看護も入って健康管理しているが、Tさんは医療をきらって血圧を測るのも一苦労だ。採血は、これまで1回もできていない。それでもコロナ流行期に発熱することもなく、暮らしを維持している。
近隣住民は次第にTさんを理解し、受け入れるようになった。外に出てきても危なくないよう、スロープを要請したのも近所の人だ。Tさんがだれかを探すように歩き回れば…
第31回 医療的ケア児も地域包括ケアでみる
■「うちの子にはかかりつけ医が3人」
子どものかかりつけ医をどう考えるか、未就学児や小学生の母親たちに聞いたことがある。
ある母親は「うちの子にはかかりつけ医が3人いる」と答えた。予防接種を受けさせるクリニック、発熱したら受診させるクリニック、受傷したとき連れていくクリニック。自宅から行ける範囲のそういうクリニックを、ネットで調べたという。
この母親にとって子どものかかりつけ医の役割は、予防接種や熱やけがへの対処に限定されているようである。
この母親に限らず、小さい子の親御さんは20代や30代であることが多いだろうから、「なんでも相談できるかかりつけ医」という存在そのものが身近に感じられないのかもしれない。なんでも相談できるのは、友人たちか。
なんでも相談できるかかりつけ医が子どもにも必要であることは、言うまでもない。ただし、高齢者のかかりつけ医(機能)とは切り離して議論する必要がある。
子どもの日常生活は成長と隣り合わせで、教育も必須だ。親など周囲のおとなとの関わりも重要で、これらは健康にも大きく作用する。
子どものかかりつけ医(機能)にはこうした視点が欠かせない。高齢者のかかりつけ医(機能)に必要な視点とは全く異なる。高齢者と子どもには、病気やけがといったイベント発生時のみならず…
第30回 かかりつけ医は誰に必要なのか
■広辞苑の変化に注目
広辞苑の「医療」の項目をご覧になったことはあるだろうか。広辞苑で「医療」がどう定義されているか、現在発売されている第七版(2018年)と、その1つ前の第六版(2008年)を比べてみた。その変化はとても興味深い。
第六版では、医療とは「医術で病気をなおすこと。療治。治療。」とあるのみで、この次には「医療過誤」「医療技術短期大学」が出てくる。それが、第七版では「①医術で病気をなおすこと。療治。治療。②医学的知識をもとに、福祉分野とも関係しつつ、病気の治療・予防あるいは健康増進をめざす社会的活動の総体。」と、②が加えられている。そのあとに「医療過誤」「医療技術短期大学」だ。
医療とは何か。広辞苑の解釈はこのように変わった。第七版の記述は、高齢者向け医療が念頭にあるのだろう。「福祉分野とも関係しつつ」「社会的活動の総体」を加えたこの筆者は見事だと思う。現代の医療、超高齢社会の医療をきちんと理解し、新しい概念を反映している。
■かかりつけ医を法制度に明文化する動き
厚生労働省の社会保障審議会医療部会が、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」について議論している。医療法を改正して明文化する方針という。
この制度の骨格案が昨年12月の部会に示された。肝は…
第29回 かかりつけ「医」よりかかりつけ「医療機関」
新田クリニックを初めて受診した外来患者さんに、「私のかかりつけ医になっていただけますか」と言われ、喜んで、と答えた。これまで都心の企業に勤め、会社近くのクリニックにかかっていたんだけど、定年退職したから、という。大都市のサラリーマンには…
第28回 かかりつけ医・機能をめぐる議論が活発になっている
日本医師会の医療政策会議は、かかりつけ医・かかりつけ医機能のあり方についてワーキンググループを作って議論している。私はそのメンバーの一人で、このほど第1次報告を公表した。
新型コロナの流行は、日本の医療提供体制の問題点をいくつか明らかにしたが、かかりつけ医のあり方は…
第27回 日本人のメンタリティと終末期
■65歳でステージ4の胃がん
前回に続いて、患者の意思決定についてもう少し考えたい。今回紹介するのは65歳の男性で、今年6月下旬、病院に紹介されて新田クリニックを初診された。病名は胃がん、ステージ4であった。
2月初めに病院を受診し、この月の中旬から外来で抗がん剤による治療が開始された。3月、担当医が交替して…
第26回 意思決定とパターナリズム
■86歳の初診患者が外来に
5月、初診患者が新田クリニック外来に来られた。86歳男性で、頭頸部がんが見つかったという。すでに都内の大学病院の口腔外科と腫瘍科にかかっていて、これから治療法が決まると話す。
そうですか、と話を聞いていると…
第25回 家の前で転倒した98歳にすべきことは
■通りかかった人が119番
私の自宅の6軒先に、98歳の女性がひとりで住んでいる。その女性は重度の認知症で、今の日課は家の前の道路を掃除することだ。冬も夏も、毎日掃除する。近所の人も知っていて、それとなく気にかけている。
先月のある日、朝6時ごろ、女性は家の前で倒れ…
第24回 医師と患者の感情が治療に影響する
■これは患者の意思決定なのか
地域包括支援センターから紹介されたAさん(74歳男性)は軽い認知症がある。そして糖尿病である。検査値はHbA1cが14.7%、空腹時血糖値は750mg/dLとどちらもかなり高い。明らかに重い糖尿病なのだが、合併症はなく…
第23回 患者の意思決定と医療の限界
現代医療では、患者の意思決定を尊重する。病気をどう治療するかを決定するとき、医療側は患者に対し、病気やその治療について説明を尽くす。患者はそれらを十分に理解したうえで決定し、医療側は…
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