Ⅴ 岸田内閣の社会保障
ようやく我々は現政権の社会保障政策まで辿り着いた。岸田首相は、首相就任後の最初の国会における所信表明演説(第205回国会、2021年10月8日)において、成長も、分配も実現する「新しい資本主義」を具体化すると述べ、「新しい資本主義の下での分配」において「成長と分配の好循環」を実現するとした。
その次の所信表明(第207回国会、同年12月6日)では「若者世代・子育て家庭」を経済政策のターゲットとし、「その所得を大幅に引き上げることを目指し」、「人への分配」「男女が希望通り働ける社会づくり」「社会保障による負担増の抑制」が必要だとした。
さらに、「全世代型社会保障構築会議を中心に、女性の就労の制約となっている制度の見直し、勤労者皆保険の実現、子育て支援、家庭介護の負担軽減、若者・子育て世帯の負担増を抑制するための改革(中略)に取り組んでいきます」と述べた。
ここで触れられている全世代型社会保障構築会議は、安倍内閣で設置した「全世代型社会保障検討会議」に代わるものとして2021年11月9日に初回が開催されている。このようにして、全世代型社会保障という課題は岸田内閣にも引き継がれたのである。
岸田首相は、21年9月の自民党総裁選において、子ども関連予算について「OECDで最低水準だ、倍増していかなければならない」と述べ、国会審議においても「将来的には倍増を目指したい」と答弁した(22年1月)。
このため、子ども関連予算の倍増について、その定義や規模、実現手段について議論を呼ぶこととなった。
首相は2023年1月の年頭会見において「異次元の少子化対策に挑戦する」と述べ、「6月の骨太方針までに将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示していきます」と約束した。
これを受けて、小倉將信こども政策担当大臣は2023年3月に「こども・子育て政策の強化について(試案)〜次元の異なる少子化対策の実現に向けて〜」を公表した。さらに首相が議長を務めるこども未来戦略会議は2023年6月に「こども未来戦略方針案」を取りまとめた。
「こども未来戦略方針案」では、少子化対策は「これから6~7年がラストチャンス」とし、「今後3年間の集中取組期間において」「加速化プラン」として具体的施策を「できる限り前倒しして実施する」とした。
具体的施策とは、
①ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取組
②全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充
③共働き・共育ての推進
④こども・子育てにやさしい社会づくりのための意識改革
である。
Ⅵ こども・子育て政策の財源確保
これらの施策の推進に必要な財源については、「財源の基本骨格」が示された。要約すると、
①2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、実質的に追加負担を生じさせないことを目指す。歳出改革等は歳出改革の取組の徹底と既定予算の最大限の活用などである。消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない。
②経済活性化、経済成長への取組を先行させる。
③企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく支援金制度(仮称)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。
④「加速化プラン」の大宗を2026年度までに実施し、「加速化プラン」の実施が完了する2028年度までに安定財源を確保する。
⑤その間に財源不足が生じないよう、つなぎとしてこども特例公債を発行する。
といった内容である。そして「予算編成過程における歳出削減等を進めるとともに、必要な制度改正のための所要法案を2024年通常国会に提出する」とした。
さらに「こども・子育て予算倍増に向けた大枠」では、
①「加速化プラン」の予算規模は、全体として3兆円半ば。
②「加速化プラン」の実施で、こども一人当たり家族関係支出で見て、スウェーデンに達する水準となる。
③国のこども家庭庁予算(2022年度4.7兆円)は約5割増加
④こども・子育て予算倍増に向けては、こども家庭庁予算で見て、2030年代初頭までに、国の予算又はこども一人当たりで見た国の予算の倍増を目指す。
とした。以上の内容は、2023年6月16日に閣議決定された骨太方針2023に盛り込まれた。
このようにして、こども・子育て関連予算充実のための財源確保については、2023年末の予算編成過程においてどのように決着するかが注目されてきた。
政府は12月22日に「こども未来戦略」を閣議決定するとともに2024年度の予算案を決定した。その概要は以下の通りである。
①「加速化プラン」の予算規模は全体として3.6兆円とする。内訳は、
1.ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取組…1.7兆円程度
2.全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充…1.3兆円程度
3.共働き・共育ての推進…0.6兆円程度
となっている。
②「加速化プラン」の実施が完了する 2028年度までに3.6兆円程度の安定財源を確保する。
1.そのため、既定予算定予算の最大限の活用等については、子ども・子育て拠出金など既定の保険料等財源や、社会保障と税の一体改革における社会保障充実枠の執行残等の活用などにより、2028年度までに、全体として1.5兆円程度の確保を図る。
2.歳出改革については、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」における医療・介護制度等の改革を実現することを中心に取り組み、これまでの実績も踏まえ、2028年度までに、公費節減効果について1.1兆円程度の確保を図る。
3.歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で、2026年度から段階的に2028年度にかけて支援金制度を構築することとし、2028年度に1.0兆円程度の確保を図る。
③2028年度にかけて安定財源を確保するまでの間に財源不足が生じないよう、必要に応じ、つなぎとして、こども・子育て支援特例公債(こども金庫が発行する特会債)を発行する。
上記の基本骨格等に基づき、こども金庫の創設及び支援金制度の導入等に関する法案を次期通常国会に提出することが明記されている。
Ⅶ 2024年の社会保障
以上、2023年までの動きを踏まえた上で、2024年の社会保障について考えてみよう。
2010年に検討が開始され、2012年の3党合意で実施に移された「社会保障と税の一体改革」は、消費税を社会保障の財源として、その機能強化と財政再建を目指すものとしてその後10年間の社会保障政策を支えてきた。
2019年に検討が開始された「全世代型社会保障」については、「勤労者皆保険の実現」や「女性就労の制約となっている制度の見直し」(例えば「年収の壁」の問題など)が課題であり続けているが、23年の「こども未来戦略」の決定でその中核部分が構築されたと言って良いであろう。
問題は、「社会保障と税の一体改革」では、まさに消費税率の引き上げという財源の確保と社会保障改革が「一体」として設計されていたのに対し、今回の「こども未来戦略」は3.6兆円程度の安定財源を「実質的な追加負担を生じさせ」ずに確保する、としていることである。これは大きな相違である。
このため、医療・介護制度等での公費節減により2028年度までに1.1兆円を確保することと、医療保険制度を通じて徴収するとされる支援金制度についても「歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ」、その範囲内で2028年度に1.0兆円程度の確保することが必要とされる。
これにより今後5年間、社会保障財源の確保のために医療・介護改革が義務付けられることになり、社会保障政策を規定することになった。2023年12月22日には全世代型社会保障構築会議において「全世代型社会保障構築を目指す道筋(改革工程)について」が決定されている。
ここでは「働き方に中立な社会保障制度等の構築」「医療・介護制度等の改革」「『地域共生社会』の実現」の3分野について、「来年度(2024年度)に実施する取組」「『加速化プラン』の実施が完了する2028年度までに実施について検討する取組」「2040年度を見据えた、中長期的な課題に対して必要となる取組」が工程として列挙されている。
一例だけあげると、第9期介護保険事業計画期間について検討されてきた介護保険の利用者負担(2割負担)の範囲の見直しについては、「第10期介護保険事業計画期間の開始(2027年度〜)の前までに、結論を得る」と明記されている。
このような枠組みから想起されるのは、小泉政権末期に決定された骨太方針2006(「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」2006年7月7日閣議決定)である。
これにより、5年間、毎年度、社会保障の伸びを2200億円削減することが求められた。その結果、小泉内閣後も厳しい給付抑制策が継続されることになり、後継内閣はその達成に苦しむこととなった。また、社会保障の様々な「ほころび」が露わになり、「方向転換」が模索された。
しかし、当時の政局は「政権交代が目前」と意識され、社会保障が与野党間の争点と化して実現に至らず、この間、社会保障についての改革は停滞を余儀なくされた。…果たして、歴史は繰り返すのだろうか。
中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長、国際医療福祉大学大学院教授。厚生労働省老健局長、社会・援護局長、内閣官房社会保障改革担当室長などを歴任。