Ⅲ 安倍長期政権下の社会保障
第2次安倍内閣は2012年12月26日に成立し、第4次安倍内閣の第2次改造内閣まで長期政権を維持し、20年9月16日に終焉を迎えた。
安倍政権に先立つ民主党の野田政権の下、「社会保障と税の一体改革」について自公民の3党合意が成立していた(2012年6月)ので、安倍内閣もその継承が義務付けられていた。
3党合意に基づき、2014年4月に消費税率の5%から8%への引き上げが、さらに15年10月には8%から10%へ引き上げることが、2012年8月に成立した消費税法改正法で決められていた。
したがって、消費税率引き上げを約束通りこのスケジュールで実施することが、安倍政権成立当初の課題であった。安倍首相は躊躇しつつも、8%への引き上げは2014年4月、予定通り実施した。しかし、10%への引き上げは2度延期し、当初より4年遅れとなる2019年10月にようやく実施した(図7)。
図7 第2次〜第4次安倍内閣
また、安倍首相は、2017年9月に消費税の使途を変更するとともに、10%引き上げの際に軽減税率を導入している。軽減税率の導入に際して、これに慎重姿勢を示した自民党税制調査会の会長を更迭して実施に持ち込んだことは、「安倍一強」を象徴する出来事であった。
安倍氏没後に公刊された「回想録」などで、増税を目指す財務省に対する極めて強い不信や、政権交代した以上は前政権の政策に拘束されないとする安倍氏の政治姿勢が明らかになっている。それが「社会保障と税の一体改革」を予定通りには進めないという政治判断に繋がったのであろう。
安倍首相は、増税延期や使途変更について「国民に信を問う」として、衆議院解散の「大義」や参議院選挙の争点とした。これらの選挙で勝利することによって、憲政史上最長となる政権を実現したのである。
第2次安倍内閣の特徴は、次々と「政策」を繰り出したことである。政権につくと早々に「アベノミクス3本の矢」を打ち出し、日銀はこれに呼応する形で「異次元の金融緩和」に乗り出した。
2014年には「地方創生」が新規の政策として取り上げられ、担当大臣も任命された(初代担当相は石破茂氏)。そこでは、早期に出生率の回復を目指すことにより(「希望出生率」)、将来の人口減少に歯止めをかけ、9000万人程度の総人口を維持する「長期プラン」が閣議決定された。
2015年には「新3本の矢」を発表し、第2の矢で「待機児童ゼロ」、第3の矢で「介護離職ゼロ」を位置付けた。そして実現すべき社会として、「一億総活躍社会」を提唱した。
2016年には「働き方改革」をアジェンダとした。2017年には消費税の使途を変更し、その財源で幼児教育・保育の無償化等を実施することとなった。
これらの政策を通じて、保育所の待機児童の解消が目指され、計画の「前倒し」、「加速化」が繰り返し図られることになった。
安倍政権の安定度が増した2015年には、骨太方針2015(「経済財政運営と改革の基本方針2015〜経済再生なくして財政健全化なし〜」)において、2016〜18年度の社会保障の伸びは1.5兆円程度を「目安」とすることが定められた。この結果、各年度の社会保障予算の伸びを5000億円以内に止めることになった。
例えば2016年度の社会保障予算の伸びは4997億円であった。2015年8月時点での厚生労働省の概算要求では6700億円増であったが、予算編成の過程で1700億円の絞り込みが行われたのである。1700億円の削減額のうち1495億円は診療報酬改定における薬価の引き下げ分(実質マイナス改定)で賄われた。
2017年度以降の社会保障予算も、このような枠組みで編成されることが続いたのである(骨太方針2018では、2019〜21年度の予算は「高齢化による増加分に相当する伸びにおさめる」とされた)。
Ⅳ 一体改革から全世代型社会保障へ
消費税率10%への引き上げ実施が2019年10月と決定したので、社会保障と税の一体改革の枠組みは財源的には完了することになった。安倍内閣は、ポスト一体改革の姿を描くことが求めらることとなった。
そこで、「少子高齢化と同時にライフスタイルが多様となる中で、誰もが安心できる社会保障制度に関わる検討を行うため」、19年9月に「全世代型社会保障検討会議」を設置した(議長は安倍首相、関係閣僚と有識者が構成員)。
検討会議は19年12月に中間報告をとりまとめたが、20年に入り新型コロナウィルス感染症が蔓延し、同年9月に安倍首相が退陣したことから、全世代型社会保障検討会議は菅総理に引き継がれることとなった。
安倍首相の後継となった菅首相は、10月26日の所信表明演説では「2020年には、いわゆる団塊の世代が75歳以上の高齢者となります。これまでの方針に基づいて、高齢者医療の見直しを進めます。全ての世代の方々が安心できる社会保障制度を構築し、次の世代に引き継いでまいります」と全世代型社会保障を引き継ぐ姿勢を示した。
菅首相は「私が目指す社会像は、『自助・共助・公助』そして『絆』です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。その上で、政府がセーフティネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します。」と述べ、「我が国の未来を担うのは子どもたちであります。長年の課題である少子化対策に真正面から取り組み、大きく前に進めてまいります。」とした。
そして「不妊治療の保険適用の早期実現」、「オンライン診療の恒久化を推進」、「保険証とマイナンバーカードの一体化」、「司令塔となるデジタル庁を設立」などの個別政策が列挙された。
安倍首相が開始した全世代型社会保障の検討は、最終的には「後期高齢者医療における窓口負担割合の見直し」に収斂し、後期高齢者医療の被保険者のうち、既に3割負担である現役並み所得者は別として、それ以外の被保険者であって窓口負担割合を2割とするものの範囲をどうするかが課題となった。
厚生労働省からは2割負担の範囲について5パターンが示された。できるだけ2割負担を最小限にしようとする公明党の山口代表と菅首相の協議の結果、上位所得30%(3割負担の者を除くと23%)の者を2割負担とすることで決着し、2021年に法改正が行われ、22年10月から実施されることとなった。
菅内閣は、コロナ対策において予防接種の実施に大きな成果をあげたが、その他の社会保障政策については、取り組むいとまがないうちに、21年10月4日に岸田内閣に交代することとなった。(「下」に続く)
中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長、国際医療福祉大学大学院教授。厚生労働省老健局長、社会・援護局長、内閣官房社会保障改革担当室長などを歴任。