多くを学んだ研修医時代
2024年4月から、医師の働き方改革の新制度が始まっている。医療法が改正され、医師に対する時間外労働の上限規制が設けられた。労働基準法に設けられている労働時間の上限規制が原則的に医師にも適用される。ただし、救急や研修といった医療機関の類型により、一般労働者とは異なる水準が設定されている。
ワーク・ライフ・バランスを重視する時代、医師もその流れには逆らえない、ということなのだろう。それは理解できるのだが、「愚直在宅医療保存会」「愚直かかりつけ医保存会」(連載42・43回参照)の私としては、あえて疑問を呈したくなる。
私はいわゆる旧研修制度を経験した。2004年に始まった現行の研修制度の前の制度である。旧研修制度の問題点はいろいろ指摘されたが、なかでも批判が集中したのは、研修医の身分や処遇が不安定であったことだ。長時間こき使われるのに、報酬はものすごく低い。
若いころを思い出せば、確かにその通りだった。研修医時代はあちこちから呼ばれ、安いバイト代で手術助手を務め、当直をこなし、所属の病院に戻って日勤したものだ。当時は、そのことに疑問を抱くこともなかった。
なぜ疑問に思わなかったのか。当時の医者はみんなそうだったとか、医者に限らず日本人は長時間労働だったとか、そんな理由も思いつく。そういうことよりも、とてもいい勉強をさせてもらったからだ。
私は外科医だから手術する。手術には予定と緊急がある。予定手術とは、事前に日時を決め、準備万端整えて実施する。がんなどの手術はこれが多い。緊急手術は昼夜関係なく行う。救急車で搬送され、すぐ手術しないと命にかかわるものがほとんどだ。
私の研修医時代は緊急手術が結構多かった。だから、研修先の病院でも深夜や未明の手術にしょっちゅう立ち会った記憶がある。そして、その経験は、とても勉強になった。緊急手術でしか学べない、処置の優先順位、その判断基準。医療の力とその限界。大事なことを教わったから、仕事が嫌になることはなかった。
今の研修医も同じように考えろ、というつもりはない。ただ、医師の仕事が9時5時で完結しないことは確かだ。それは外科医も在宅医も同じだろう。
医師の労働時間規制が強化されると…
医師の労働時間が厳格に管理されるようになると、だれが得をするのか。勤務医が残業しなくなると残業代を払わなくて済むから、病院(法人)は得をする。働き方改革は、医師の給料を抑制することになるから医療費の抑制にもつながり、歓迎する向きもあるだろう。
医療の質は向上するだろうか。まず、若い研修医が学ぶ機会は減り、学ぶ内容も低下するのではないか。外来を時間内に終わらせるために、検査結果しか見ず診断するようになるのではないか、今以上に。ひいては、AIが診断することになっていくのではないか。
看護師や介護職から、「できる先生は夜も残って仕事してる。ダメな先生はすぐ帰っちゃう」と聞かされることも少なくない。超高齢の長寿社会では、医者の仕事は医療だけでは終わらない。愚直な医者である私は、時間通りに帰る医師に「あなた、どうして医者になったの」と聞きたくなる。
長時間労働の医師には、きちんとその対価を支払えばよいだけではないのか。あまり杓子定規に制度を運用すると、よい結果を生まないように思えてならない。
新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長
1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。