第56回 医療現場の「倫理上の問題」🆕

2025年 4月 2日

「倫理上の問題で治療できない」?
 前回に続き、『透析を止めた日』(講談社、2024年11月刊)の話を続けたい。ノンフィクションライターの堀川惠子さんが、腎臓病で亡くなった夫・林新さんの闘病を綴った話題の本だ。

 肝臓にも病変が見つかり、肝腎同時移植が検討されたが、結局、主治医は移植見送りの判断をした、というくだりで、「倫理」という言葉が登場する。林さんは肝腎同時移植に一縷の望みを賭け、「最後の希望」と口にしていた。

 その直後に、主治医から移植断念を告げられてしまう。「移植しないなら、このまま輸血を続けることはもう……」と告げられ、林さんは〈目を見据えはっきりとした声で質した。「先生、それは、生きたいという僕の意志(原文ママ)に反して、治療をやめるということですか」〉。主治医は答える。〈「いえ、少しずつで……。ただ、このまま点滴を続けるのは倫理上の問題が……」〉。

 堀川さんが解説する。〈倫理上の問題――。つまり回復の見込みのなくなった患者を、これ以上、医療の力で生かし続けるわけにはいかないということだ〉。

 主治医は、このまま点滴を続けることには倫理上の問題がある、と言い、そのあとの言葉を濁しているが、つまり「倫理上の問題があるからもうこれ以上点滴もできない」という意味であろう。

 ちょっと待ってほしい。回復の見込みがなくなった患者を医療の力で生かし続けることが倫理に反するなら、在宅医療はできないということにならないか。在宅医療の対象は、回復力が大きくはない人たちだからだ。

 生きたいと明確に意思表示している林さんに、倫理上の問題があるからこれ以上点滴もできない(医療の力で生かし続けることはできない)、と言うのは、大きな間違いだ。林さんに点滴するか(治療行為を続けるか)は、医療の側が一方的に決めることではないはずだ。

 倫理上の問題という言葉を、このとき主治医がどういう意味で使ったのかは、わからない。重大な局面を迎えた患者とその妻に向き合い、その場の雰囲気に流され、咄嗟に口から出てしまったのかもしれない。そこには、医師(腎臓の主治医)と患者しかいなかった。だから、間違いが生じたということではないだろうか。

 その1週間後、林さんは自ら〈「先生、もう、透析はいいです」〉と主治医に告げる。堀川さんは〈私には、命のボールを、林が自分の手に取り戻したように思えた〉と述懐する。ここを読んで、ああよかった、と心から思った。

医療倫理と自律を考える
 和辻哲郎によれば、倫理の倫は「なかま」、理は「ことわり」「すじ道」を意味するという。したがって、倫理は人間の共同的存在の秩序なのだ、と。だから、事実そのものに帰れ、と説く。きちんと事実を見て、仲間で話し合う。倫理は人間の存在の内にある、と指摘する。

 現代において、医療倫理は自律(オートノミー)と切り離せない。自律はウェルビーイングとともにQOLを支え、人格を尊重し、尊厳を守ることにつながっていく。和辻は、「倫理問題の場所は孤立的個人の意識ではなくしてまさに人と人の間柄にある。だから倫理学は人間の学びなのである」と考察した。

 箕岡真子医師は、自律には個別的な自律と共感的な自律がある、と整理している。個別的な自律は自己決定の基盤となるが、それだけでは足りない。家族など本人の周囲を含めた関係性から生まれる、共感的自律が重要だ。これが他者による代理決定を可能たらしめる。

 そう考えると、やはり林さんの主治医の発言は、間違いだ。「倫理上の問題からこれ以上点滴できない」などと、医者が決めることではない。

 医療倫理の4原則とは、自律性の尊重、善行、無危害、公正である。臨床現場では、問題を手っ取り早く解決するツールとして4原則が安易に使われるようになっている。4原則のマニュアル化も散見される。あたかも法のように杓子定規に持ち出されるのだ。

 そうではない。箕岡医師は「臨床現場における方針決定のためのツールとして、個別のケースを理解し、咀嚼・消化し、熟慮・吟味し、ケースの個性に即した用い方」や「倫理原則至上主義に陥らず、患者のナラティブに配慮した、よりフレキシブな対応」が望まれる、と主張する。まったく同感である。

新田國夫氏

新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長

1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。

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第55回 『透析を止めた日』に目を覚まされた🆕

 医療関係者の間で話題になっている『透析を止めた日』(講談社、2024年11月刊)を読んだ。著者はノンフィクションライターの堀川惠子さんで、NHKの敏腕プロデューサーであった夫・林新さんの闘病や終末が活写されている。堀川さん自身も元NHKディレクターである。
 
 林さんは若いころから多発性嚢胞腎を患い、30代で血液透析を受けていた。状態が悪くなって50歳で生体腎移植を受け、しばらくはQOLも良好であった。数年後、肝臓にも病変が見つかり、肝腎同時移植が検討されるが、実施には至らず。移植した腎臓もやがて機能が落ち、血液透析が再開された。
 
 この段階では透析の効果がほとんどなく、悪化の一途をたどる。そして60歳で生涯を閉じる。堀川さんはそんな夫の傍らで、食生活を支え、通院を支え、末期のすさまじい苦痛を目の当たりにする。その描写は壮絶で、胸が痛くなる。
 
■緩和ケア病棟と血液透析の問題
 堀川さんは本書で重要な問題提起をしている。その1つは、緩和ケア病棟の問題だ。堀川さんは林さんが入院している病院の医師に、緩和ケア病棟に移してほしいと頼むが、断られてしまう。緩和ケア病棟はがん患者しか入院できません、と(正確には、エイズ患者も入院できる)。
 
 私はこのことを知らなかったので、とても驚いた。在宅緩和ケアはどんな病気であっても受けられるのが当たり前だ。ところが病院ではそうでないというのだ。それなら、在宅で腹膜透析をしながら緩和ケアを受ければよさそうなのに、そういう選択肢も示されない。林さんは日本を代表する医療機関や著名な大学病院で治療を受けていたというのに。
 
 つまり、うがった見方かもしれないが、林さんには「腎臓の主治医」はいたけれど、「林さんのかかりつけ医」はいなかった。そう言わざるを得ない。さらに不幸なことに、「腎臓の主治医」さえも不在となってしまうのである。
 
 2つ目の問題提起は、わが国の透析があまりにも血液透析に偏っていることだ。堀川さんは夫の状態を見かねて自ら調べ、身体的負担の少ない腹膜透析(PD)を知ることになる。堀川さんは最初…

第54回 国立市長選で現職候補が敗北した

■地域包括ケアは高齢者偏重ではない
 昨年12月、国立市長選挙が行われ、現職の候補が新人に敗れた。わずか582票差であった。私は現職候補を応援し、街頭にも立った。
 
 2011年に市長に就任した佐藤一夫氏と、いわば二人三脚で、私は地域包括ケアを実践してきた。地域包括ケアって一体なんだろう。介護が必要になったら施設に入るのがベストじゃないのか。2011年は、まだそんな時代だった。
 
 その佐藤市長が在任中の2016年11月に逝去された後も、後任の市長と協力関係を築いて、在宅ケアや地域医療の普及・向上に努めてきた。その市長が敗れた。
 
 今回の選挙でも、市民の皆様が最後まで地域に暮らし続けることができる社会を目指す、と公約に掲げ、訴えた。しかし、国立市民はそれよりも、新人候補の「子育て支援を重視し現役世代に選ばれるまちづくり」という公約を選んだことになる。
 
 さらに新人候補は当時の市政を「子育て支援が後回しにされている」と批判し、暗に「現職は高齢者施策しかやっていない」と腐した。
 
 地域包括ケアは決して高齢者だけを重視する政策ではない。しかし、現職は高齢者を偏重し子育て世代には冷淡というイメージが先行し、世代間対立があおられてしまった。これから85歳以上の高齢者が増え続け、現役世代は減少する、ということは、厳然たる事実なのに、である。
 
■国立市民は大丈夫なのか
 
 昨年行われた東京都知事選や兵庫県知事選では、SNSが投票行動を大きく動かしたと言われる。虚実がないまぜの投稿に市民は翻弄されている。
 
 国立の市長選でも、同じようなことがあったのだろうか。私が街頭で応援演説していたら、すぐ近くで男がマイクを使って大音量で話し始め…

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第53回 患者に「悪い話はしないで」と言われたら

■毎月の事例検討会で
 毎月1回、「チーム国立」という事例検討会を開いている。国立市で在宅ケアに携わる在宅医や訪問看護師、行政などが参加している。
 
 毎回、1事例を発表し、テーマを導いて討論する。先日は「悪い話は聞きたくない、という患者」がテーマとなった。報告された事例は大腸がん末期の66歳女性。数年前に夫を亡くし、息子と2人暮らし。息子は昼間は仕事に出るので、日中独居となる。
 
 この方は4年前に大腸がんと診断され、手術と抗がん剤治療を受けた。抗がん剤の副作用がとてもつらく、1年で中止した後は病院から足が遠のいている。病院から紹介されて、今回の発表者である医師のクリニックで診るようになった。
 
 クリニックに来たとき、この方のがんはすでに肝転移と肺転移があった。小康状態が続いていたが、今年の夏、急に状態が悪化。腰痛が激しくなって動けなくなり…

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第52回 オランダで安楽死の現状を垣間見た

■家庭医との信頼関係のもとで
 10月にオランダを訪問した。オランダは安楽死の“先進国”で、2002年に世界で初めて安楽死を合法化し、さらに昨年、1~11歳の子どもも条件付きで安楽死の対象となった。そんなオランダの現状を聞いてきた。以下は、私が現地で直接聞いた話に基づく。
 
 2019年の安楽死は6361件で、これは総死亡の4.3%というから、今は5%近くになっているだろう。安楽死を選択した理由は、「意味のない苦しみを避ける」が65%である。安楽死の方法は、医師の注射によるものが90%に達する。
 
 オランダには家庭医制度がある。人生の終末をどのように迎えたいか、迎えたくないか、健康な時から安楽死も選択に含めて家庭医と話し合っている人もいる。それを、「安楽死の一般要請」と表現するそうだ。「安楽死トーク」という過程もある(後述)。
 
 家庭医との話し合いの内容は記録され、話し合うたびに変わっていくことも珍しくないし、前回の話し合いで決めたことを撤回してもいい。オランダ在住の日本人にも浸透していて…

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第51回 医師の働き方改革は超高齢者を救えるのか

■素早く地域に戻すことも重要
 85歳以上の高齢者(以降は超高齢者と表記する)は、医療と介護を切り離せない。超高齢者が急性疾患で入院を余儀なくされたとき、その治療だけでなく、いかに素早く地域に戻すかも重要となる。医療だけでなく、生活を支える視点が必要になってくる。
 
 生活の視点を欠いて医療に偏れば偏るほど、超高齢者は地域に戻れなくなる。入院が長引けば虚弱はどんどん進み、行き場所はなくなってしまう。
 
 地域に戻すために、回復期病棟や地域包括病棟ができた。先端医療等を提供する急性期からできるだけ速やかに、地域に戻るための病院に移る。そしてしっかりリハビリを受けてもらう。しかしながら現実は、回復期リハビリテーション病院でリハビリができなくなっている。
 
 高齢者(超高齢者も含む)の生活の質を維持するうえで、近年、三位一体の支援が重要視されている。三位一体とはリハビリ、栄養、口腔の取り組みで…

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