第53回 患者に「悪い話はしないで」と言われたら🆕

2025年 1月 8日

毎月の事例検討会で
 毎月1回、「チーム国立」という事例検討会を開いている。国立市で在宅ケアに携わる在宅医や訪問看護師、行政などが参加している。

 毎回、1事例を発表し、テーマを導いて討論する。先日は「悪い話は聞きたくない、という患者」がテーマとなった。報告された事例は大腸がん末期の66歳女性。数年前に夫を亡くし、息子と2人暮らし。息子は昼間は仕事に出るので、日中独居となる。

 この方は4年前に大腸がんと診断され、手術と抗がん剤治療を受けた。抗がん剤の副作用がとてもつらく、1年で中止した後は病院から足が遠のいている。病院から紹介されて、今回の発表者である医師のクリニックで診るようになった。

 クリニックに来たとき、この方のがんはすでに肝転移と肺転移があった。小康状態が続いていたが、今年の夏、急に状態が悪化。腰痛が激しくなって動けなくなり、ほとんど食べられなくなった。

 息子も、母親の体調が悪いとは思っていたが、こんなに急に悪化することは想定していなかった。

 医療用麻薬を使ったところ、疼痛は軽減し、痛みのためほとんど何もできなかった状態から、車椅子で室内を移動できるようになった。これで少し持ち直し、調子が良いときは歩いてトイレに行けるようにもなった。ヘルパーが介助し、自宅で入浴もできた。

 息子は会社と相談して在宅勤務中心にしてもらい、献身的に母親を介護した。母親の状態は徐々に落ちていき、秋口には近隣のホスピス病棟に入院する。入院後、息子はほぼ毎日面会に来て、母親は穏やかに過ごしていた。そして11月半ばに亡くなられた。

 事例を発表した医師は問いかけた。「この患者から、“悪い話は一切してくれるな”と言われていた。皆様はどうされますか。以前なら、私は“そういう人は診られませんのでどうぞ他を当たってください”と言ったかもしれません」。

客観的・医学的事実は悪い話だけではない
 1人の若い医師が口火を切った。「悪い話ってどういう話ですか。よくわかりません」。彼が言いたいのは、こういうことだろう。医師が患者にする話は、いい・悪い以前に、客観的・医学的(科学的)事実であるはず。事実を告げることは、患者から拒絶されるようなこと、間違ったことなのか。

 確かに、事実を伝えることを拒絶されては、インフォームドコンセントもありえない。医療者は、客観的・医学的事実を淡々と伝えればよくて、いい・悪いは患者の側の捉え方に過ぎない。――という意見だ。若い医師らしい考えだと思う。

 この意見を聞いて、私も発言した。余命宣告をされても、その期間以上に長く生きる人は珍しくない。山崎彰郎医師は「がん共存療法」を実践してQOLを維持しているし、痛みをうまくとって自分らしく生きることはできますよ。そんな話をすればよいと思う、と。こういう話だって、客観的・医学的事実なのだから。

 あなたはがん末期で肝臓にも肺にも転移し、もう治療できません、あと○カ月ぐらいで死にます。そのときはどこで死にますか、なんていう話ばかりされては、患者もパニックになるだろう。この方はまだ60代だ。そんな話ばかりするから「悪い話はしないで」となってしまう。

 客観的・医学的に「悪い話」をしなければならない局面は、もちろんある。大事なのは、それだけで終わらせず、客観的・医学的に「いい話」あるいは「そんなに悪くない話」も、一緒に伝えることだ。そして、患者が今、身体的に何がつらいかをきちんと聞いて、その「つらさ」を取り除くよう、手を尽くすことだ。

 あと○カ月ぐらいで死にます、と告げられ、モルヒネも少量しか投与されず痛みが続く。そんな状態のままだったら、「悪い話はしないで」と訴えらえるのも無理はない。

 私も新田クリニックの宮崎副院長も、あなたの予後は何カ月、何週間で亡くなります、と言ったことはない。半年以上なら、患者の性格によっては、言うこともある(が、断定的な言い方は決してしない)。

 かかりつけ医として長く関わっていれば、性格もわかるし、あうんの呼吸もできてくる。患者の目を見て、わかってもらえるようにもなるのである。

新田國夫氏

新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長

1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。

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第52回 オランダで安楽死の現状を垣間見た🆕

■家庭医との信頼関係のもとで
 10月にオランダを訪問した。オランダは安楽死の“先進国”で、2002年に世界で初めて安楽死を合法化し、さらに昨年、1~11歳の子どもも条件付きで安楽死の対象となった。そんなオランダの現状を聞いてきた。以下は、私が現地で直接聞いた話に基づく。
 
 2019年の安楽死は6361件で、これは総死亡の4.3%というから、今は5%近くになっているだろう。安楽死を選択した理由は、「意味のない苦しみを避ける」が65%である。安楽死の方法は、医師の注射によるものが90%に達する。
 
 オランダには家庭医制度がある。人生の終末をどのように迎えたいか、迎えたくないか、健康な時から安楽死も選択に含めて家庭医と話し合っている人もいる。それを、「安楽死の一般要請」と表現するそうだ。「安楽死トーク」という過程もある(後述)。
 
 家庭医との話し合いの内容は記録され、話し合うたびに変わっていくことも珍しくないし、前回の話し合いで決めたことを撤回してもいい。オランダ在住の日本人にも浸透していて…

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第51回 医師の働き方改革は超高齢者を救えるのか🆕

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 85歳以上の高齢者(以降は超高齢者と表記する)は、医療と介護を切り離せない。超高齢者が急性疾患で入院を余儀なくされたとき、その治療だけでなく、いかに素早く地域に戻すかも重要となる。医療だけでなく、生活を支える視点が必要になってくる。
 
 生活の視点を欠いて医療に偏れば偏るほど、超高齢者は地域に戻れなくなる。入院が長引けば虚弱はどんどん進み、行き場所はなくなってしまう。
 
 地域に戻すために、回復期病棟や地域包括病棟ができた。先端医療等を提供する急性期からできるだけ速やかに、地域に戻るための病院に移る。そしてしっかりリハビリを受けてもらう。しかしながら現実は、回復期リハビリテーション病院でリハビリができなくなっている。
 
 高齢者(超高齢者も含む)の生活の質を維持するうえで、近年、三位一体の支援が重要視されている。三位一体とはリハビリ、栄養、口腔の取り組みで…

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第50回 医師の働き方改革にあえて言いたい

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 2024年4月から、医師の働き方改革の新制度が始まっている。医療法が改正され、医師に対する時間外労働の上限規制が設けられた。労働基準法に設けられている労働時間の上限規制が原則的に医師にも適用される。ただし、救急や研修といった医療機関の類型により、一般労働者とは異なる水準が設定されている。
 
 ワーク・ライフ・バランスを重視する時代、医師もその流れには逆らえない、ということなのだろう。それは理解できるのだが、「愚直在宅医療保存会」「愚直かかりつけ医保存会」(連載42・43回参照)の私としては、あえて疑問を呈したくなる。
 
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第49回 ケベックの家庭医はゲートキーパーではなかった

■かかりつけ医のイメージ
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 この意見からは、「かかりつけ医は初歩的・基礎的な医療を提供すればよく、手に余るなら専門医に渡せばよい」といった考えが透けて見える。これは、かかりつけ医がいつもどんな仕事をしているか全く知らない人が、勝手に抱く “かかりつけ医のイメージ”に基づいて考えているに過ぎない。かかりつけ医のそういうイメージは、間違いだ。
 
 どうして日本では「かかりつけ医は初歩的・基礎的な医療を提供すればよいゲートキーパー」のイメージなのか。先日、カナダ・ケベック州を訪れ、家庭医の位置づけや養成システムについて聞く機会を得た。多くの点で日本とは異なり…

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 その週末で訪問看護などのめどがついて、週明けの月曜に娘さんと一緒に帰宅するはずだった。ところが、その月曜、状態像が急激に落ち…

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