高齢者福祉総合条例はまちづくりの目標
市町村は介護保険の事務のうち、介護認定審査会の委員定数、第1号被保険者の保険料率、普通徴収の保険料の納期、などについて条例を定める必要がある。「地域の実情に応じて」運営するためだ。したがってどの保険者も「介護保険条例」を定めている。
介護保険条例というのは、全国の自治体に2000年(平成12年)4月までに制定するよう課されました。中身は基本的に、厚生省から出されたモデル条例案に準ずる形です。武蔵野市では介護保険施行直前、2000年3月議会に上程されました。
どの自治体もモデルに準じた条例を作りましたが、武蔵野市は介護保険条例と同時に、独自の「高齢者福祉総合条例」を制定しました。介護保険制度だけでは、高齢者介護の一部分しか担えません。支え合いの仕組みやまちづくりを含めた高齢者施策の全体像を示せないと考えたからです。
それで「総合条例」で、高齢者福祉に関わるまちづくりの全体像やサービスを体系的に整理しました。高齢者の生活を総合的に支えるまちづくりの目標ともいえます。高齢者福祉に関する条例を介護保険条例と同時に制定した自治体は、おそらくほとんどないと思います。
「総合条例」の第2条で基本理念を掲げています。
⑴高齢者の尊厳の尊重
⑵高齢者が住み慣れた地域で安心していきいきと暮らせるまちづくりの推進
⑶自助・共助・公助に基づく役割分担と社会資源の活用、保健・医療・福祉の連携の推進
⑷市民自ら健康で豊かな高齢期を迎えるための努力
*⑶の共助とは地域の助け合いのこと。地域包括ケアシステムでは互助と称することが多い
これらは、国が現在進めている地域包括ケアシステムの理念に近い内容です。高齢者の尊厳とか、医療・福祉の連携とか。だから地域包括ケアシステムの概念が登場したとき、武蔵野市は介護保険が始まった当初からやっていることだ、という認識がありました。
第3条が「主な施策」です。従来の施策を①介護に関する施策、②健康及び自立支援に関する施策、③社会参加促進に関する施策、④サービス利用者の保護に関する施策、⑤サービス基盤整備の推進に関する施策、と5つに分けました。
第4条から第7条で具体的な事業を列挙しています。補助器具の支給や住宅改修の上乗せなど、介護保険以前の措置制度の頃から実施していた事業を網羅しました。高齢者の生活支援を行うテンミリオンハウス事業や移送サービス事業もここに含まれます。
第5条には「寝たきり及び痴呆(原文のまま)を予防する教室及び講習その他高齢者が要介護状態にならないための事業」も行う、と明記しています。介護保険に予防の概念はまだなかった時期でしたが、総合条例にはしっかり入れていました。
いきなり介護保険を利用してもいいんですが、なるべく市独自の介護予防事業やテミリオンハウス事業などを利用して、元気に過ごしてください、ということです。社会資源を条例に位置づけて整理して、市も介護保険以外に役割があるし、市民も努力しましょう、というような条例といえます。
「地域包括ケアシステム」を「まちぐるみの支え合い」と分かりやすく表現
2014年(平成26年)3月、「武蔵野市地域包括ケアシステム検討委員会報告書」を公表しました。
このなかでは、武蔵野市の地域包括ケアシステムに関する基本的考え方として総合条例との関係を「高齢者福祉総合条例の『基本理念』(第2条)は、…いずれも現在、国が進めようとしている地域包括ケアシステムの理念と合致している」と述べています。
そのうえで、武蔵野市にとっての地域包括ケアシステムは「新しい取り組み」というよりも、むしろ、「高齢者福祉総合条例に基づき進めてきたこれまでの高齢者施策そのもの」であり、さらにそれらを「2025年モデルへ再構築すること」と位置付けることができる、と整理しました。
また、公助・共助・互助・自助の要素から構成される地域包括ケアシステムは、住民参加型サービスの創出などを含め、関連機関や地域住民との連携をいかに進めるかが重要な課題で、 “わかりやすさ”も求められます。
ところが、「地域包括ケアシステム」を民生児童委員や市民に説明してもなかなか理解が得られず、「新しい電算システム?」と質問されたりしました。
そこで、「地域包括ケアシステム」の地域を「まち」、包括を「ぐるみ」、システムを「支え合いの仕組み」と分かりやすい言葉に置き換え、「地域包括ケアシステムは“まちぐるみの支え合いの仕組みづくり”」と定義しなおして、理解を広めていくことにしました。
介護保険条例にも独自の内容
介護保険条例で定めることとされているのは、介護認定審査会の委員定数、第1号被保険者の保険料率算定、普通徴収の保険料の納期、の3つ。ほか、市町村特別給付など、実施するのであれば条例で定めなければならない施策もある。
こちらの条例にも、武蔵野市独自の内容があります。介護保険制度では、苦情処理は国保連(国民健康保険団体連合会)が行うことになっていますが、一般の市民がいきなり国保連に電話して苦情を申し立てることは、あまり現実的とは言えません。やはり保険者である武蔵野市が第一次的に受け止めなきゃいけないのではないか。
ということで、武蔵野市独自にサービス相談調整専門員を置く、として、これを介護保険条例に位置づけました。介護保険課の中に相談支援係を置き、社会福祉士の資格を持っている職員や、福祉の面接相談業務を3年以上行った職員などを配置したのです。これも市の独自性でした。
介護保険ができていく過程で、武蔵野市は活発に議論していました。以前お話ししたように、ブックレットを作って法案を批判したり、市民に説明したり…。2つの条例をめぐっては、市議会もそういう経緯や市のスタンス、それまでの取り組みを理解していて、審議していただき、制定に至りました。
笹井肇(ささい・はじめ) 公益財団法人武蔵野市福祉公社顧問、社会福祉法人とらいふ顧問
武蔵野市介護保険準備室主査、市民協働推進課長、介護保険課長、高齢者支援課長、防災安全部長などを経て2013年4月~2018年3月まで健康福祉部長。同年4月~2022年3月まで副市長。