第11回 介護保険条例と高齢者福祉総合条例の両輪で

2023年 12月 1日

高齢者福祉総合条例はまちづくりの目標

 市町村は介護保険の事務のうち、介護認定審査会の委員定数、第1号被保険者の保険料率、普通徴収の保険料の納期、などについて条例を定める必要がある。「地域の実情に応じて」運営するためだ。したがってどの保険者も「介護保険条例」を定めている。

 介護保険条例というのは、全国の自治体に2000年(平成12年)4月までに制定するよう課されました。中身は基本的に、厚生省から出されたモデル条例案に準ずる形です。武蔵野市では介護保険施行直前、2000年3月議会に上程されました。

 どの自治体もモデルに準じた条例を作りましたが、武蔵野市は介護保険条例と同時に、独自の「高齢者福祉総合条例」を制定しました。介護保険制度だけでは、高齢者介護の一部分しか担えません。支え合いの仕組みやまちづくりを含めた高齢者施策の全体像を示せないと考えたからです。

 それで「総合条例」で、高齢者福祉に関わるまちづくりの全体像やサービスを体系的に整理しました。高齢者の生活を総合的に支えるまちづくりの目標ともいえます。高齢者福祉に関する条例を介護保険条例と同時に制定した自治体は、おそらくほとんどないと思います。

 「総合条例」の第2条で基本理念を掲げています。

⑴高齢者の尊厳の尊重
⑵高齢者が住み慣れた地域で安心していきいきと暮らせるまちづくりの推進
⑶自助・共助・公助に基づく役割分担と社会資源の活用、保健・医療・福祉の連携の推進
⑷市民自ら健康で豊かな高齢期を迎えるための努力
 *⑶の共助とは地域の助け合いのこと。地域包括ケアシステムでは互助と称することが多い

 これらは、国が現在進めている地域包括ケアシステムの理念に近い内容です。高齢者の尊厳とか、医療・福祉の連携とか。だから地域包括ケアシステムの概念が登場したとき、武蔵野市は介護保険が始まった当初からやっていることだ、という認識がありました。

 第3条が「主な施策」です。従来の施策を①介護に関する施策、②健康及び自立支援に関する施策、③社会参加促進に関する施策、④サービス利用者の保護に関する施策、⑤サービス基盤整備の推進に関する施策、と5つに分けました。

 第4条から第7条で具体的な事業を列挙しています。補助器具の支給や住宅改修の上乗せなど、介護保険以前の措置制度の頃から実施していた事業を網羅しました。高齢者の生活支援を行うテンミリオンハウス事業や移送サービス事業もここに含まれます。

 第5条には「寝たきり及び痴呆(原文のまま)を予防する教室及び講習その他高齢者が要介護状態にならないための事業」も行う、と明記しています。介護保険に予防の概念はまだなかった時期でしたが、総合条例にはしっかり入れていました。

 いきなり介護保険を利用してもいいんですが、なるべく市独自の介護予防事業やテミリオンハウス事業などを利用して、元気に過ごしてください、ということです。社会資源を条例に位置づけて整理して、市も介護保険以外に役割があるし、市民も努力しましょう、というような条例といえます。

「地域包括ケアシステム」を「まちぐるみの支え合い」と分かりやすく表現
 2014年(平成26年)3月、「武蔵野市地域包括ケアシステム検討委員会報告書」を公表しました。

 このなかでは、武蔵野市の地域包括ケアシステムに関する基本的考え方として総合条例との関係を「高齢者福祉総合条例の『基本理念』(第2条)は、…いずれも現在、国が進めようとしている地域包括ケアシステムの理念と合致している」と述べています。

 そのうえで、武蔵野市にとっての地域包括ケアシステムは「新しい取り組み」というよりも、むしろ、「高齢者福祉総合条例に基づき進めてきたこれまでの高齢者施策そのもの」であり、さらにそれらを「2025年モデルへ再構築すること」と位置付けることができる、と整理しました。

 また、公助・共助・互助・自助の要素から構成される地域包括ケアシステムは、住民参加型サービスの創出などを含め、関連機関や地域住民との連携をいかに進めるかが重要な課題で、 “わかりやすさ”も求められます。

 ところが、「地域包括ケアシステム」を民生児童委員や市民に説明してもなかなか理解が得られず、「新しい電算システム?」と質問されたりしました。

 そこで、「地域包括ケアシステム」の地域を「まち」、包括を「ぐるみ」、システムを「支え合いの仕組み」と分かりやすい言葉に置き換え、「地域包括ケアシステムは“まちぐるみの支え合いの仕組みづくり”」と定義しなおして、理解を広めていくことにしました。

介護保険条例にも独自の内容

 介護保険条例で定めることとされているのは、介護認定審査会の委員定数、第1号被保険者の保険料率算定、普通徴収の保険料の納期、の3つ。ほか、市町村特別給付など、実施するのであれば条例で定めなければならない施策もある。

 こちらの条例にも、武蔵野市独自の内容があります。介護保険制度では、苦情処理は国保連(国民健康保険団体連合会)が行うことになっていますが、一般の市民がいきなり国保連に電話して苦情を申し立てることは、あまり現実的とは言えません。やはり保険者である武蔵野市が第一次的に受け止めなきゃいけないのではないか。

 ということで、武蔵野市独自にサービス相談調整専門員を置く、として、これを介護保険条例に位置づけました。介護保険課の中に相談支援係を置き、社会福祉士の資格を持っている職員や、福祉の面接相談業務を3年以上行った職員などを配置したのです。これも市の独自性でした。

 介護保険ができていく過程で、武蔵野市は活発に議論していました。以前お話ししたように、ブックレットを作って法案を批判したり、市民に説明したり…。2つの条例をめぐっては、市議会もそういう経緯や市のスタンス、それまでの取り組みを理解していて、審議していただき、制定に至りました。

笹井氏プロフィール02

笹井肇(ささい・はじめ) 公益財団法人武蔵野市福祉公社顧問、社会福祉法人とらいふ顧問

武蔵野市介護保険準備室主査、市民協働推進課長、介護保険課長、高齢者支援課長、防災安全部長などを経て2013年4月~2018年3月まで健康福祉部長。同年4月~2022年3月まで副市長。

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第12回 市民が主役の生活支援「テンミリオンハウス」

 武蔵野市の高齢者施策は、介護保険財源によらず一般財源に基づく独自事業も多彩だ。総合的な生活支援の「テンミリオンハウス」や移動・移送支援の「レモンキャブ」がその代表である。今回はテンミリオンハウスについて聞いた。
 
■認定で「非該当」となる人への新たなサービス
 テンミリオンハウスが誕生したきっかけは、介護保険制度導入に際して実施した、要介護認定モデル事業(連載第4~6回を参照)です。
 
 要介護認定のモデル事業は、当時のデイサービスやホームヘルプサービスを利用している方を対象に実施したわけです。当時、これらは措置制度に基づく行政サービスで、武蔵野市では予防的な方…

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第10回 保険者として介護サービス事業者とどう向き合うか

 介護保険制度では、民間事業者にも“市場”が開放され、介護報酬が支払われる。参入する事業者とどうつきあうかも、保険者として重要なテーマである。
 
 制度スタート前の1999年(平成11年)、武蔵野市は事業者に対し、サービスの供給量を調査しました。
 
 サービスをどれくらい供給できるかは、介護費用の推計や保険料の決定に影響する重要な要素です。参入を予定している事業者に提供可能なサービス量を調査したり、ヒアリングを行ったりしました。
 
 ところが介護報酬がまだ明確に決まっていない時期で、事業者側にも人員確保の途上といった事情があり、具体的なサービス提供量の推計は困難を極めました。
 
■“サファリパーク型”を選択
 そもそも保険者としての市町村が介護保険市場をどのようにとらえ、民間の介護事業者とどう付き合い、連携していけばいいのか。
 
 当時私たちは、保険者と介護サービス事業者との向き合い方を3つのパターンで検討しました。動物園型・ジャングル型・サファリパーク型の3パターンです。
 
 いささか不適切なたとえではありますが、事業者を動物に見立てて、保険者が強く介入し事業者を管理するのが第1の動物園型。従来の措置制度も…

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第9回 武蔵野市がケアマネジャーを大切にしている理由

■武蔵野市ケアマネジャーガイドライン
 2000年(平成12年)4月、介護保険制度がスタートし、介護保険サービスの提供が始まった。これに備えて同年3月までに準備要介護認定を終え、認定者にケアプランを作成した(第8回参照)。ケアプランをつくる介護支援専門員(ケアマネジャー)は、介護保険制度とともに創設された新しい資格職だ。
 
 新しくできたケアマネジャーという専門職は、ニーズとサービス提供、すなわち需要と供給をマネジメントします。社会保険で運営する以上、要介護高齢者の要望や事業者の思惑を全部受け入れてサービスを提供することはできません。逆に、必要なサービスが提供されないこともあってはなりません。
 
 ケアマネジャーには、それら全体を見渡して利用者に最適なケアプランをつくる能力が求められます。ケアプランはサービス提供の設計図であり…

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第8回 施行に向けての中央の混乱と準備要介護認定

 介護保険法が1997年(平成9年)に成立し、制度が始まったのは2000年。保険者となった自治体はその間、これまで笹井さんが語ったように、要介護認定モデル事業や住民への説明など、広範に及ぶ準備作業を進めた。そして武蔵野市は国に対しても積極的に意見し、制度の改善に一役買っていた。
 
 ところが制度スタートを目前に控えた1999年、施行延期や保険料徴収の凍結といった提案が中央の政治家から次々となされる。99年10月、自民党政調会長だった亀井静香氏が施行延期を唱え、「カメカゼが吹いた」と揶揄されたことも記憶に残る。
 
 家族介護者への現金給付案も登場し、施行直前になって事態は混迷した。当時は連立政権の顔ぶれがコロコロ変わり、介護保険制度が“政争の具”とされた感がある。
 
 こうした動きに対して6月に全国町村会が「介護保険制度に関する緊急要望」を発表、「介護保険法の定めによる明年(2000年)4月に、全国2,558町村すべてが…

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第7回 保険者システム開発と市民への説明

 1998年度(平成10年度)は、介護認定モデル事業(高齢者介護サービス体制整備支援事業)以外にも重要な準備作業が次々と行われる。同年度前半には、保険者向けの「介護保険事務処理システム」(保険者システム)開発が始まった。
 
■多摩地域の保険者が共同開発
 モデル事業で問題点を指摘した一次判定ソフトは、厚生省が開発して各保険者、すなわち全国の市町村に提供されたわけですが、保険者の業務はもちろん要介護認定だけではありません。

 保険料の賦課徴収やサービス受給の資格管理といった、地味だけど「社会保険」ならではの重要な業務があり、そのためのシステムは保険者が各自導入する必要がありました。
 
 保険者システムについて、武蔵野市は導入にあたり、98年(平成10年)4~5月、3つの方法を検討しました。①市が単独で開発する、②全国共通パッケージソフトを購入する、③A社のシステムを既存システム(国保など)に採用している東京・多摩地域の保険者が合同で共同開発する、の3つです。
 
 ①の単独開発には、市のカスタマイズが容易なメリットがありますが、開発にはコストも時間もかかります。②全国共通パッケージソフトは導入は容易ですが、このシステムに自治体の事務作業を合わせなければならず、武蔵野市の独自性が発揮できません。
 
 けっこう大きなデメリットがあると考えられた①②と比べ、③多摩地域のA社ユーザーによる共同開発であれば、多摩地域共通の事務処理が可能となります。保険料の仮算定など市独自のオプションもつけられるし…

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