第51回 医師の働き方改革は超高齢者を救えるのか🆕

2024年 11月 8日

素早く地域に戻すことも重要
 85歳以上の高齢者(以降は超高齢者と表記する)は、医療と介護を切り離せない。超高齢者が急性疾患で入院を余儀なくされたとき、その治療だけでなく、いかに素早く地域に戻すかも重要となる。医療だけでなく、生活を支える視点が必要になってくる。

 生活の視点を欠いて医療に偏れば偏るほど、超高齢者は地域に戻れなくなる。入院が長引けば虚弱はどんどん進み、行き場所はなくなってしまう。

 地域に戻すために、回復期病棟や地域包括病棟ができた。先端医療等を提供する急性期からできるだけ速やかに、地域に戻るための病院に移る。そしてしっかりリハビリを受けてもらう。しかしながら現実は、回復期リハビリテーション病院でリハビリができなくなっている。

 高齢者(超高齢者も含む)の生活の質を維持するうえで、近年、三位一体の支援が重要視されている。三位一体とはリハビリ、栄養、口腔の取り組みで、2023年の「骨太方針」にも掲げられ、24年度の診療報酬や介護報酬にも取り込まれた。

 急性期から回復して慢性期の状況で、機能を維持し生活するためのサービス。三位一体の支援はその中核といえるだろう。

 そうすると、医者の仕事はトータルマネジメントのようになっていく可能性もある。かかりつけ医機能が地域に根付き、多職種が連携して住民の健康状態をマネジメントする。そんな絵が見えてくる。

 そのため、現在検討されている「新たな地域医療構想」がどんな方向に進むか、注視している。病院からかかりつけ医までがどうつながっていくのか。病院のあり方はどう変化するのか。生産年齢人口も減っていくのだから、急性期病院はどの程度必要なのか。

 診療所が減ってきている地域では、中小病院は地域にとって重要な役割を担う。超高齢者には看多機もフィットする。地域完結型の医療をつくっていく必要がある。

生活を奪わない治療を提供できるか
 そんな目で医師の働き方改革をめぐる議論を見ると、違和感を禁じ得ない。医師の労働時間の多さや“ただ働き”の慣習だけに目が向けられ、これからの日本が長寿・多死社会であることや、地域完結型の医療にはどんな医師像がふさわしいのか、がすっぽり抜けているような気がしてならない。それでいいのか、と思う。

 ふさわしい医師像のひとつは、その患者の生活を尊重していることであろう。超高齢の咽頭がん患者に、ある大病院の医師が「手術をすれば治るが、その後は自宅には戻れない」と言った。実話である。そう言われた患者は手術を拒否した。当然のことだ。

 しかし、手術を受けてなおかつ自宅に戻れる方法は、実はある。声は失うが、食べる機能は残せる。そうすれば退院し自宅で暮らしていける。生活を尊重するには、そこまでの知見が必要だ。実際その方は、味覚・嗅覚が低下している中でしっかり自宅で暮らしている。

 嚥下の力が弱まった超高齢者に「死んでもいいから食べたい」と言われたとき、「あなたは食べると窒息して死ぬから、経管栄養しかダメ」と言うか、「食べても死なない方法がないか、ぎりぎりまで検討しよう」と言うか。どちらがふさわしいかは、言うまでもない。

 そしてもうひとつは、患者の人生に沿って命の物語を語れることだ。ヒトとは医学から見ると生物的個体である。その個体が障害、病気を起こしたとき、医師は医療行為を提供する。

 しかし、ヒトは生物的個体であるだけではない。人間として人生を歩み、個別の物語がある。そこに医者としてどう関わるか。それは、端的にいうと、その人の死亡診断書を書けますか、ということになる。すぐ救急車を呼んで入院させ、最期を看取らない医師は、死亡診断書を書くことはない。

 医療のあり方もふさわしい医師像も変化する時代である。労働力と経済的負担に着目して働き方改革を進めるなら、医学教育の改革も同時に進めるべきではないだろうか。

新田國夫氏

新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長

1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。

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第50回 医師の働き方改革にあえて言いたい

■多くを学んだ研修医時代
 2024年4月から、医師の働き方改革の新制度が始まっている。医療法が改正され、医師に対する時間外労働の上限規制が設けられた。労働基準法に設けられている労働時間の上限規制が原則的に医師にも適用される。ただし、救急や研修といった医療機関の類型により、一般労働者とは異なる水準が設定されている。
 
 ワーク・ライフ・バランスを重視する時代、医師もその流れには逆らえない、ということなのだろう。それは理解できるのだが、「愚直在宅医療保存会」「愚直かかりつけ医保存会」(連載42・43回参照)の私としては、あえて疑問を呈したくなる。
 
 私はいわゆる旧研修制度を経験した。2004年に始まった現行の研修制度の前の制度である。旧研修制度の問題点はいろいろ指摘されたが、なかでも批判が集中したのは…

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第49回 ケベックの家庭医はゲートキーパーではなかった

■かかりつけ医のイメージ
 かかりつけ医の役割をめぐる議論で、「かかりつけ医とはゲートキーパーである」という意見をしばしば耳にする。かかりつけ医の役割はプライマリな医療を提供し、必要に応じて専門医や専門医療機関を紹介すること、というものだ。
 
 この意見からは、「かかりつけ医は初歩的・基礎的な医療を提供すればよく、手に余るなら専門医に渡せばよい」といった考えが透けて見える。これは、かかりつけ医がいつもどんな仕事をしているか全く知らない人が、勝手に抱く “かかりつけ医のイメージ”に基づいて考えているに過ぎない。かかりつけ医のそういうイメージは、間違いだ。
 
 どうして日本では「かかりつけ医は初歩的・基礎的な医療を提供すればよいゲートキーパー」のイメージなのか。先日、カナダ・ケベック州を訪れ、家庭医の位置づけや養成システムについて聞く機会を得た。多くの点で日本とは異なり…

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第48回 病院で生まれた緩和ケアと地域での看取り

■状態が悪化して帰れなくなった
 
 70代前半の独居男性が希少なタイプの胃がんと診断された。病院ではできることがないと言われ、新田クリニックの外来で経過を診ていた。次第に動けなくなってきて、看多機を利用することになった。娘さんは父親を心配しながら、最期はどうするか、家に帰らせていいものかどうかと思い悩んでいる。
 
 ある金曜、私が看多機に立ち寄ると、彼から話があると言われた。娘さんと一緒に翌日行くと、家に帰りたい、と言う。つねづね、いつでも帰っていいですよ、自由に決めてください、と言っていたくらいだから、もちろん異論はない。
 
 これまで本人は、帰ったあと一人で暮らせるか心配で、踏み切れなかった。最期を意識するようになって、やっぱり帰りたい、という気持ちになったようだ。
 
 その週末で訪問看護などのめどがついて、週明けの月曜に娘さんと一緒に帰宅するはずだった。ところが、その月曜、状態像が急激に落ち…

第47回 かかりつけ医と新しい地域医療構想

■かかりつけ医のイメージは「専門医を紹介する」
 『社会保険旬報』に、かかりつけ医のイメージに関する興味深い記事が出ていた(岩本伸一.「かかりつけ医」のイメージは医師と府民の理解に相違がある.
 
2024.No.2920)。 大阪府医師会が実施した、かかりつけ医に関する調査に基づくレポートで、筆者は調査委員会委員長である。この調査は2023年3月にインターネットで実施され、医師会員1047人、府民1200人が回答した。
 
 かかりつけ医に関してはこの連載でも述べてきたように、1980年代から今日まで議論が続けられている。実に40年以上だ。
 
 2013年には一応、かかりつけ医とかかりつけ医機能が定義されたが、実効性をもって社会に根付いたとはいえない。新型コロナ禍では、かかりつけ医の力を十分に発揮できなかった。
 
 そんななかで実施された大阪府医師会の調査は、かかりつけ医に対する医師(大阪府医師会員)と一般市民(府民)の現在のイメージや理解度を知る機会となった。
 
 かかりつけ医のイメージとして、医師会員も府民も多いのは「必要な時には専門医・専門医療機関を紹介」「距離が近い」…

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第46回 能登半島の高齢者ケアをどう立て直せばいいのか

■避難先から帰ってこられない
 4月、能登半島を訪れた。震災後としては1月以来、2度目の訪問である。珠洲市、輪島市、能登町の3市町を回った。石川県は北から能登北部(奥能登)、能登中部、石川中央、加賀南部の4地域に区分されるが、これら3市町はすべて奥能登である。
 
 奥能登では、インフラの復旧は徐々に進んでいるものの、水道はまだ全面復旧に至っていない。道路も大部分で車が通行できるようになってはいるが、まだ崩れたままの箇所も多く、通行止めの区間もあった。
 
 高齢化率は珠洲市が50.3%、輪島市が47.6%、能登町が50.0%と、いずれも市民・町民のほぼ半数が高齢者である。後期高齢者の割合は珠洲市28.6%、輪島市28.1%、能登町29.4%。(以上は珠洲市が2020年、輪島市・能登町は2023年)
 
 高齢者が多いなら、在宅医療も普及していると思われるかもしれない。しかし、地域医療の中心は総合病院であった。奥能登には公立病院が4つあって…

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