かかりつけ医のイメージ
かかりつけ医の役割をめぐる議論で、「かかりつけ医とはゲートキーパーである」という意見をしばしば耳にする。かかりつけ医の役割はプライマリな医療を提供し、必要に応じて専門医や専門医療機関を紹介すること、というものだ。
この意見からは、「かかりつけ医は初歩的・基礎的な医療を提供すればよく、手に余るなら専門医に渡せばよい」といった考えが透けて見える。
これは、かかりつけ医がいつもどんな仕事をしているか全く知らない人が、勝手に抱く “かかりつけ医のイメージ”に基づいて考えているに過ぎない。かかりつけ医のそういうイメージは、間違いだ。
どうして日本では「かかりつけ医は初歩的・基礎的な医療を提供すればよいゲートキーパー」のイメージなのか。
先日、カナダ・ケベック州を訪れ、家庭医の位置づけや養成システムについて聞く機会を得た。多くの点で日本とは異なり、日本がいろいろ学ぶべき点が多いと思った。なお今回は、日本のかかりつけ医とカナダの家庭医をほぼ同義語とする。
カナダでは、医学部卒業生の50~55%が家庭医になるそうだ。消化器や循環器といった、臓器別の専門医になることが圧倒的に多い日本とは真逆である。その背景には、カナダでは家庭医の教育課程が確立していることがある。家庭医としての教育をきちんと受け、卒後教育も充実している。
たとえば家庭医の課程を学ぶ医学生が研修医になれば、患者との会話は指導者や仲間たちにモニターでチェックされ、コミュニケーションスキルが鍛えられる。
家庭医が卒後に緩和ケアを学ぶ場合は、腫瘍学と放射線腫瘍学をそれぞれ1カ月ずつ。緩和ケアユニットを5カ月。他職種との連携について2カ月。地域のクリニックで1カ月…などという具合だ。
カナダの家庭医と日本のかかりつけ医
カナダでは家庭医は専門医の1ジャンルとして確立し、標準化され、その土台の上に緩和ケアなどの領域がある。緩和ケアの内容そのものは、日本のそれと大差はないようだ。ただ、緩和ケアに携わる医師の知識の幅には差があるように思われた。
訪問したケベック州には1万740人の家庭医がいるそうだ。日本には家庭医(=かかりつけ医)が何人いるのだろう。そもそも、どう数えるのか。日本の家庭医の数を聞かれると、いささか困る(厳密には、日本にはかかりつけ医はいるが家庭医はいない、という言い方もできる)。
日本では家庭医もかかりつけ医も、自己申告にならざるを得ない。私は、あなたは家庭医かと聞かれれば「yes」と答えるだろう。
ケベックでは、家庭医の役割は多岐にわたる。単なるゲートキーパー的役割にとどまらず、踏み込んだ診療も行う。高度な診断機器を備えるクリニックも珍しくないそうだ。したがって、ケベックの家庭医の診療レベルは日本のクリニックのそれに近い。
一方、イギリスのGPの役割は診療というより健康相談に近く、フランスの家庭医は診療レベルがそれほど高くない。
ケベックと日本では、医療制度そのものは異なる。ケベックでは公的医療の財源は税でまかなわれ、医療費の自己負担は原則としてない。そういう大きな違いはあるが、家庭医のあり方は、日本のかかりつけ医のあり方を考える参考になると思う。
さて、どうして日本では「かかりつけ医はゲートキーパー」のイメージなのか。それは、病院医療が偏重されていること、かかりつけ医の診療範囲が明確でないこと、かかりつけ医の養成システムが国として整備されていないこと、など、さまざまな要因がからまっているからなのだろう。
新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長
1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。