安楽死が合法の国が増えている
安楽死が合法である国・地域はオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、ポルトガル、カナダ、コロンビア、エクアドル、ニュージーランド、オーストラリア・ヴィクトリア州である。スイス、ドイツ、イタリアとアメリカのいくつかの州では医師による自殺幇助が合法だ。
この1年ほどの間に、イギリス下院とフランス下院で安楽死法案が相次いで可決された。安楽死の合法化はヨーロッパを中心に広がっている。
安楽死と一言で言っても、さまざまな実相がある。①医師が致死薬を投与して死に至らしめる「積極的安楽死」、②医師が処方した致死薬を本人みずから使用する「医師による自殺幇助(PAS・PAD)」、③延命治療の拒否による「尊厳死」、に分けられる。
合法の範囲も国によって異なる。オランダなど①が合法である国では、②も合法で③は通常医療の範疇である。ドイツやイタリアなど②③が合法の国もあれば、韓国と台湾では③のみが合法である。フランスの法案は①、イギリスの法案は②を合法とする内容といえる。
日本では「尊厳死法案(終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案)」が2012年に公表されたものの、国会審議に至っていない。
①②③すべてが法制化されていないわけだが、厚労省が作成した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改訂版)は「医療・ケア行為の開始・不開始/中止」に言及しており、③に近い内容といえなくはない。
とはいえこのガイドラインは「人生の最終段階における」ものであり、事実上、終末期の高齢者に対象を限定しているので、厳密には③ではない。また、「生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は対象としない」と明記し、①はもちろん、②も除外していることになる。
積極的安楽死とALS患者殺人事件
日本でも、①の法制化を求める議論が繰り返されてきた。マスコミの安楽死特集では、しばしば、外国で安楽死①や②を実行した人が紹介される。①に賛成する著明な文化人も少なくない。彼らは声高に「本人の意思、自己決定を尊重すべき」と主張する。それが「死」の望みであっても。
2019年に起こった2人の医師によるALS患者殺人事件の裁判では、嘱託殺人などの罪で2医師の実刑判決が確定している。ところが、2医師を擁護する声もある。その多くは、亡くなった患者の死にたい意思は強く、2医師はその意思を尊重したのだから、①を実行したのだ、という意見だ。
いや、主治医でもない医師が直接手を下して死に至らしめたのだから、2医師に法的責任はある。2医師のうち1人は患者とSNSでやりとりしていて、患者の「思い」は十分理解していた、と擁護する意見もあるが、果たしてそうだろうか。
ALSであれ認知症であれ、患者の苦痛や苦悩は大きい。患者が死を願うとき、医師はどうすべきなのか。私はそういう人に「でも生きなさい」とは言わない。その願いを受け入れて致死薬を注射することもできない。
医師にできる限界
人は往々にして、死ぬ思想に絡め取られ、死の方向を向いてしまう。生き延びることを非本来的と見なし、毅然として死地に赴く行動が英雄的に見える。そのヒロイズムに対するロマン化と自己陶酔の排除は非常に難しい。
私は①の法制化に反対する。医師が直接手を下して死なせることは、どんな条件のもとでも認めてはならない。オランダでさえ、①による死は少なく、安楽死した人の多くは過剰緩和による死だという。
過剰緩和とは、苦痛を取り除く医療用麻薬を多く使い、呼吸停止から死に至らせることで、死を直接の目的としない行為である。最終的には、これが、医師にできる限界のような気がする。医師には、患者のあらゆる苦痛を取り除くことなどできない。①を法制化する前に、過剰緩和について議論すべきである。
新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長
1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。