7月、インドネシア・バリ島を訪れた。現地の保健局、保健センター、高齢者施設、病院などを駆け足で視察させてもらった。
情報を登録して健康管理
1日目はギャニャール市保健局で地域について説明を受ける。同市はリゾート地ウブドを擁するギャニャール県の県都。高齢化があまり進んでおらず、若い人の人口が比較的多い構造だ。
人口の90%はヒンドゥー教徒で、教義にのっとり、毎日3回お祈りをする。保健局だから日本の保健所のような機関かと思ったが、診療所が併設されていた。
保健センターでは、高齢者の情報を国に登録して健康管理に役立てるシステムを見せてもらった。新型コロナが収束した3年前から始め、昨年は96%の人のデータを集めてスクリーニングしている。
家族構成やワクチン接種歴といった情報が網羅されているそうだ。ただ、システムエラーが起こり入力できないことがよくあるという。
日本の措置時代のような高齢者施設
高齢者施設ワナ・セラヤは、日本の特養のような施設だった。多床室ばかりで、地元の人が多い。入所している人は低栄養のようで、寝たきり状態に見えた。昼間なのにスタッフの姿はない。聞けば、看護師3人と介護職4人でケアしているそうだ。
医療的なサポートは受けられないようで、医療が必要になると病院に搬送される。そのまま病院で亡くなることが多いそうで、そういった人のベッドに花が置かれているのが物悲しい。日本の措置時代の高齢者施設を思い起こした。
バリ州(バリ島と周辺の島からなる)には社会省の施設が4カ所あって、高齢者施設が2カ所(ワナ・セラヤはそのひとつ)と、子ども向け施設と若い人向けの施設が1カ所ずつ。どれも利用は無料だそうだ。民間施設は3カ所で、主に外国人が利用するという。
病院がホームケアサービスを提供
2日目、空港のある州都デンパサールでカシ・イブ病院を訪問した。同病院は100床ほどで、現地の民間病院としては最大規模というが、日本の感覚では中堅だ。玄関には「ホームケアサービス」「24時間、毎日」と書かれている。「ジェネラルプラクティショナーと専門ドクターがオンコールで行く」とも。
病院内を見ると、外国人患者が多いことに気づく。オーストラリアやニュージーランドから近いため、外国人患者は40%ほどに上るという。
病院の上階には、これらの国の認知症患者が入院しているようだ。その1人に話しかけたら「私はバケーションでここに来ています」と言っていた。実際はそうではないのだろう。
医療の体制としては、内科、脳外科、皮膚科などの専門医と看護師から成る。糖尿病や脳卒中が多く、がん患者は少ない。とはいえ高齢者が多くはないので、慢性疾患で長期療養の患者は日本ほどではない。
「ホームケア」は来院できない人を対象とし、日本の往診と同じだが、病院内の医療提供にとどまらず地域を向いているわけだ。初回は医師が訪問し、2回目からは看護師が訪問する。ただ料金は高額で、外国人や富裕層しか受けられないのではないか。
“家族の楽園”が残る
実はバリ島には独特のカースト制度があって、身分に上下がある。病院でもカースト上位の人と下位の人では病床が別で、上位の人は設備も待遇もいい。空港近くには、ワナ・セラヤのような公立の施設とは対照的な、カースト上位の富裕層や外国人向けの施設があった。
そういう格差社会にあって、ケアの社会化はまだ途上のような印象だった。タイの地方で見られたような住民ボランティアはないようだが、ヒンドゥー教の行事が多いので、その行事を通じてつながっているのだろうか。
高齢化は進んでおらず、家族の結びつきが強い。1軒訪問したお宅も大家族だった。適切な表現ではないかもしれないが、ここには“家族の楽園”が残っている、そんな思いを強くした。
デンパサールの幹線道路は大渋滞で身動きがとれず、外国人観光客は白人ばかり。日本人をほとんど見かけなかったことで、時代の変化をつくづく実感させられた。

新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長
1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。