誰もが活躍できる地域づくりへ 国に先駆け認知症施策推進基本計画を策定〔和歌山県御坊市〕🆕
2019年に「認知症の人とともに築く総活躍のまち条例」を制定した和歌山県御坊市は、国の認知症施策推進基本計画に先駆け、21年4月に市の第1期認知症施策推進基本計画を策定した。同市では「総活躍」というキーワードのもと、認知症の人も含め誰もが活躍できる地域づくりを進めている。

御坊市では地域住民、市内の小中・高校、企業・商店、医療・介護関係者などさまざまな立場の人に認知症に関する正しい知識を学んでもらう「ごぼう総活躍のまち講座」を開催している
認知症条例から基本計画へ
市民の高齢化が進み、高齢者の7人に1人以上が認知症という状況を踏まえ、御坊市ではそれまでの認知症施策を総合的な取り組みに再構築するため、誰もが活躍できるまちづくりを目指す「ごぼう総活躍のまちづくりプロジェクト」を16年に立ち上げた。
このプロジェクトを進める中で、認知症の人が支援されるだけでなく、主体的により良く暮らしていくためには、市の責務と使命、理念を示した条例をつくるべきではないかとの声が関係者の間から出てきた。
それを受け、18年に認知症本人とその家族、認知症サポート医、介護関係者、市の職員ら13人が参加して「条例作成ワーキングチーム」を発足。4回の会議を重ね、翌年、条例を制定した。
条例は9条から成り、第3条で基本理念、第4条で市の責務を掲げ、第5条から第8条で認知症の人、市民、事業者、関係機関の役割を明記している。
基本理念では「認知症になっても自分らしい暮らしができること、いつまでも新しいことに挑戦できること、認知症の有無にかかわらず、すべての市民が活躍できること」を掲げている。
この理念を実現するために策定したのが認知症施策推進基本計画である。「国に計画を策定する動きがあり、いずれは市町村に策定が義務付けられることが想定されていたこと、それに条例を作った勢いもあったので、国に先立って作ってしまうことになった」と同市健康長寿課主任の丸山雅史さんは背景を説明する。
また、21年度は10年間の第5次御坊市総合計画と第8期介護保険事業計画の初年度であったことから、これらの計画とシームレスに連携しながら総活躍のまちづくりを進めようと考えたことも、この年に基本計画を策定した理由である。
ちなみに、24年度からスタートした第9期介護保険事業計画に合わせて第2期認知症施策推進基本計画を策定しており、それが現在の計画となっている。
御坊市認知症施策推進基本計画
同計画では7つの指針を定め、指針1で「認知症・認知症の人への先入観の払拭」を掲げている。先入観が払拭されれば残り6つの指針で提示している取り組みが進展し、逆に他の指針の取り組みが進展すれば先入観が払拭されるとの考えからだ。
この「先入観の払拭」は、認知症基本法の国・地方公共団体の責務で「国民は、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深め、共生社会の実現に寄与するよう努める」としていることと通底する。

御坊市健康長寿課の(左から)田中孝典主査、丸山雅史副主任、岡本大輝主査
この点について、同課主査の田中孝典さんは「認知症に関連する施策を検討する上で、さまざまな関連団体と交流してきたが、古い認知症観からの脱却ということが関係者に共通する思いとなっていたので、自然と本人の声や視点を起点とする考え方に行きついた」と話している。
国の計画が策定されると、市の計画で掲げられている各指針が、国の計画で示されている自治体が取り組むべき施策に対応することが分かった。例えば、指針2の「認知症の人を起点とした地域協働による『よりよい暮らし』の実現」は、国の計画の基本的施策の「3.認知症の人の社会参加の機会の確保等」が求めているものと同様だ。
また、指針3の「認知症の人にとっての暮らしやすさの向上(さまざまなバリアの解消)」は、国の基本的施策の「2.認知症の人の生活におけるバリアフリー化の推進」と方向性が一致している。
この点に関しても、計画を策定する議論の中でやるべきことを整理していった結果、似たような内容になったということで、国の基本計画が公表された際、田中さんは「市の考え方は間違っていなかった」と感じたそうだ。
認知症本人の意見を聞く
国の基本計画では、認知症施策の立案にあたり、認知症の人とその家族らの参画を得て、意見を聞き、対話しながら行うこととしている。
御坊市でも計画策定にあたって、特養やデイサービス、グループホームなどの高齢者施設の利用者に策定会議に参加してもらい、同行した職員から会議の内容や質問などを伝えてもらいながら、本人の意見を述べてもらった。また、市の職員が高齢者施設に出向き、本人から意見を聞くヒアリングも実施した。
今期の計画では会議の出席者とヒアリングでそれぞれ5人ずつ、年齢も若年から90代の人まで幅広く意見を聴取したが、そうした際に重要なのは、明確な意見表明だけでなく「何気ない一言の中にヒントが隠れていることに気づくこと」(丸山さん)だという。
認知症本人からの意見聴取の成果の1つとして、銭湯にあるシャンプーとボディソープに「あたま」「からだ」と油性ペンで大きく書いたことがある。
認知症の人から「違いが分かりづらい」という意見があったため、銭湯に協力を要請して実現したものだが、認知症の人だけでなく、子どもから高齢者まで、多くの利用者にとって使いやすくなったとの声が寄せられた。

認知症の人の意見を反映し、銭湯のシャンプーとボディソープに「あたま」「からだ」と油性ペンで大きく書いた結果、子どもから高齢者まで多くの利用者にとって使いやすくなった
さらに、認知症になったことで何かと控えめになっていた人たちが、会議への出席やヒアリングにより、「『自分たちも言いたいことを言っていいんだ』と前向きになったことも取り組みの成果」と丸山さんは評価している。
認知症コーディネーター
基本計画を基にした認知症関連の施策を推進していく上で核になるのが、介護や医療、福祉、行政など20人の多職種のメンバーで構成された「認知症コーディネーター」である。毎月1回、定例会議を開催し、この場で情報共有や市の認知症施策・計画の評価などを行っている。
ここでの議論を基に実施されることになった認知症に関する具体的な取り組みとしては「あがらの総活躍希望大使」「ごぼう総活躍のまち講座」「ごぼう本人サミット」「ごぼうホッとサロン」などがある。
このうち、あがらの総活躍希望大使は、認知症の人が自分らしく活躍する姿を発信することにより、認知症・認知症の人に対する正しい理解の普及を図ることを意図しており、これまで83歳の男性と98歳の女性が務めてきたが、現在、新たな大使を選定しているところだ。
一方、ごぼう総活躍のまち講座は、地域住民、市内の小中学校・高校、企業・商店、医療・介護関係者など、さまざまな立場の人に認知症に関する正しい知識を学んでもらうもので、すでに市の人口の1割弱にあたる延べ約1800人が受講している。
ごぼう本人サミットとごぼうホッとサロンは、どちらも認知症本人や家族が集まって交流したり話をしたりする場である。
なお、市民への働きかけだけでなく、市役所内でも担当課・室から1人ずつ職員を選んで「御坊市認知症施策推進庁内連携会議」を組織し、情報を共有するとともに認知症の人の支援のあり方を話し合い、施策に反映させている。
現在、市では2027年度からの第10期介護保険事業計画に合わせ、第3期の認知施策推進基本計画の策定の準備を進めている。「次期計画がこれまでのものと大きく変わることはないだろうが、まずは不足している部分がないかをしっかり検証して、新たな計画作りに取り組んでいく」(田中さん)方針だ。