第62回 101歳・認知症女性のひとり暮らし🆕

2025年 9月 24日

 100歳以上高齢者の総数は今年9月15日現在、9万9763人である(住民基本台帳に基づく)。前年から4644人増え、来年は確実に10万人を超えるだろう。

ヘルパーとコミュニケーション
 新田クリニックが訪問診療を提供しているT子さんは101歳、自宅で一人暮らしをしている。5月ごろまでは家の中を歩くことができたが、脱水症を起こしたことがきっかけで起き上がれなくなり、今はほぼ一日中、ベッド上で過ごしている。

 認知機能は年相応に低下している。短期記憶障害が著明で私の顔も覚えていないが、重度の認知症とはいえない。持病は…、T子さんが検査を嫌がって何もさせてくれないので、よくわからない。血圧も測ったことがない。上体を起こすときに腰が少し痛いらしいが、そのほか、特に痛いところはなさそうだ。

 こう紹介すると、そんな人を一人暮らしさせていいのか、施設で手厚くケアしてもらわないと危ないんじゃないか、と思われるのではないだろうか。

 T子さんを支える態勢は、サービス類型でいえば訪問介護が1日3回、訪問看護は1日1回、訪問診療は月に2回入っている。T子さんの暮らしぶりを拝見したいと思い、ご本人の許可を得て訪問介護の様子などを撮影させてもらった(訪問診療では暮らしぶりはわからないから)。

 朝8時、T子さん宅を訪れたヘルパーが「T子さん、おはようございます。失礼します。市役所に頼まれてね、お食事の用意に来ました。朝ごはんです。お腹すいたでしょ」と話しかける。T子さんは何か言っているが、不明瞭で聞き取れない。

 ヘルパーは朝食を作り終えると、T子さんの体位を変換し、おむつを交換する。T子さんは「早くして」。ヘルパー「わかりました。もたもたしないで頑張ります」と、てきぱき作業する。そして手を洗い、朝食を供した。

 「バナナ、自分で食べれる?」とヘルパーが手渡そうとすると、T子さんはバナナを落としてしまった。T子さんは咄嗟に「ああ、ごめん」。

 T子さんの発言は聞き取れないものが多いが、「ごめん」ははっきりわかった。ヘルパーに気を使い、社会的コミュニケーションができている。窓を開けたいなどと意思表示したり、生き生きと振る舞っていた。

暮らしの主人公として生きる
 昼や夕方の訪問では、食事や排泄介助に加えて口腔ケアや爪切りも行う。その間も、ヘルパーはT子さんに明るく話しかけていた。

 そして帰り際、ヘルパーが「そろそろ帰るね」と言うと、「帰る? どこに? 国に帰るの?」とT子さん。ヘルパーは動じず「国、うん、そうなの。T子さんはここがお家だからここにいて。また来るからね」。

 訪問介護事業所によると、T子さんの訪問介護は地域包括ケアセンターからの依頼で始まったという。T子さんは当初、ヘルパーの訪問を嫌がり、大声を出すこともあったそうだ。

 安心させようと「何もしなくて大丈夫、みんなやるから安心して」と言うと、T子さんは「なんだか飼われてるみたいだ」と言ったそうだ。それからは何でも手出しすることは避け、本人がやりたいことを優先してサポートするようにした。

 T子さんのサービス担当者会議では、後見人である司法書士が洗濯機の購入とエアコンの買い替えを報告していた。脱水症を防ぐためゼリーの購入も増え、支出が増えたことも。ヘルパーはじめ、優秀なスタッフがT子さんの周囲を固めているのだ。

 こうして、T子さんは自分の暮らしの主人公として生活している。100歳を過ぎ、認知症があって、「暮らす」「生きていく」とは、こういうことなんだろうと思う。

 100歳を過ぎて認知症の人には、誰かが24時間べったり張り付いていないとダメという思い込みがある。実はそうではない。食事や排泄といった要所要所で介助すれば、あとはその人の自由な時間だ。生活するとはそういうことであり、24時間、見守りと称して監視する必要はない。

 ではT子さんの生きる上の楽しみとは何か。今ほど衰える前、T子さんは自宅の周囲を掃除することが好きだった。毎朝早くから、落ち葉をサッサッと掃き掃除していた。それができなくなった今、もう楽しみはないのだろうか。

 今のT子さんの楽しみは、おそらく食べることだと思う。この楽しみをできるだけ長く維持して、T子さんが主人公の暮らしを支えていきたい。

 そしてもう一つ。T子さんの動画を改めて見て、T子さんと接するヘルパーもまた生き生きと仕事をしていることに気づいた。T子さんはヘルパーに「ケアされている」だけではない。T子さんはケアされながら、支援する側に生きがいを与えているのだ。

新田國夫氏

新田國夫(にった・くにお) 新田クリニック院長、日本在宅ケアアライアンス理事長

1990年に東京・国立に新田クリニックを開業以来、在宅医療と在宅看取りに携わる。

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第61回 バリ島の医療・介護を垣間見た🆕

 7月、インドネシア・バリ島を訪れた。現地の保健局、保健センター、高齢者施設、病院などを駆け足で視察させてもらった。
 
■情報を登録して健康管理
 1日目はギャニャール市保健局で地域について説明を受ける。同市はリゾート地ウブドを擁するギャニャール県の県都。高齢化があまり進んでおらず、若い人の人口が比較的多い構造だ。人口の90%はヒンドゥー教徒で、教義にのっとり、毎日3回お祈りをする。保健局だから日本の保健所のような機関かと思ったが、診療所が併設されていた。
 
 保健センターでは、高齢者の情報を国に登録して健康管理に役立てるシステムを見せてもらった。新型コロナが収束した3年前から始め、昨年は96%の人のデータを集めてスクリーニングしている。家族構成やワクチン接種歴といった情報が網羅されているそうだ。ただ、システムエラーが起こり入力できないことがよくあるという。
 
■日本の措置時代のような高齢者施設
 高齢者施設ワナ・セラヤは、日本の特養のような施設だった。多床室ばかりで、地元の人が多い。入所している人は低栄養のようで、寝たきり状態に見えた。昼間なのにスタッフの姿はない。聞けば、看護師3人と介護職4人でケアしているそうだ。
 
 医療的なサポートは受けられないようで、医療が必要になると病院に搬送される。そのまま病院で亡くなることが多いそうで、そういった人のベッドに花が置かれているのが物悲しい。日本の措置時代の高齢者施設を思い起こした。
 
バリ州(バリ島と周辺の島からなる)には社会省の施設が4カ所あって、高齢者施設が2カ所(ワナ・セラヤはそのひとつ)と、子ども向け施設と若い人向けの施設が1カ所ずつ。どれも利用は無料だそうだ。民間施設は3カ所で、主に外国人が利用するという。
 
■病院がホームケアサービスを提供
 2日目、空港のある州都デンパサールでカシ・イブ病院を訪問した。同病院は100床ほどで、現地の民間病院としては最大規模というが…

第60回 かかりつけ医の機能が定着していく

 前回も触れたが、「地域包括診療料1」の診療報酬点数は1660点で、同2は1600点。どちらも月1回算定できる。低くない点数であり、このことは同時に、患者負担も安くないことを意味する。
 
■地域包括診療加算の同意書
 新田クリニックは「地域包括診療加算1」を算定している。その点数は、2024年度診療報酬改定で25点から28点に引き上げられた。点数は低いが算定要件や施設基準は地域包括診療料と同じで、けっこう細かい。
 
 算定要件は「患者・家族からの求めに応じ、疾患名・治療計画等の文書を交付し適切な説明を行うことが望ましい」「患者についてのケアマネジャーからの相談に適切に対応」などで、施設基準は「担当医は認知症に係る適切な研修を修了していることが望ましい」「担当医がサービス担当者会議/地域ケア会議に出席した実績がある」などである。
 
 当院では、この地域包括診療加算を算定する患者には同意書にサインしてもらっている。ある患者に対してこの加算をとることは、その患者のかかりつけ医になることと同義だ。日本はフリーアクセス・自由開業制だから、同一患者に対して複数の医療機関が地域包括診療加算(料)を算定するような事態が起こりかねない。
 
 同意書にサインしてもらうのはこれを防ぐためではあるが、かかりつけ医の役割を明示するためでもある。地域包括診療料に関する説明書や同意書のひな型を基に作成した。
 
 同意書は、まず、かかりつけ医として行うことを明記している。
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 ・生活習慣病や認知症等に対する治療や管理を行います
 ・他の医療機関で処方されるお薬を含め、服薬状況等を踏まえたお薬の管理を行います
 ・必要に応じ、専門の医療機関をご紹介します
 ・介護保険の利用に関するご相談に応じます

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第59回 かかりつけ医機能が少しずつ前進している

■1996年以来点数がついている
 
 かかりつけ医機能を評価する診療報酬には、現在、「地域包括診療料」「地域包括診療加算」「認知症地域包括診療料」「認知症地域包括診療加算」「機能強化加算」などがある。地域包括診療料1の診療報酬点数は1660点、同2は1600点で、どちらも月1回算定できる。
 
 低くない点数である。低くない点数ということは、裏返せば患者負担も安くはない。そのためか、算定している医療機関はそれほど多くないらしい。
 
 医師が患者を継続的総合的に診療することが初めて診療報酬で評価されたのは、1996年に新設された「老人慢性疾患外来総合診療料」だろう。これが2002年に廃止され、08年に「後期高齢者診療料」が新設される。これは10年に廃止された。現行の地域包括診療料が新設されたのは2014年である。
 
 「医師が患者を継続的総合的に診療すること」は、かかりつけ医機能の中核にほかならない。ということは、老人慢性疾患外来総合診療料→後期高齢者診療料→地域包括診療料と名称を変えながら、30年近くの間(途中に数年のブランクはあったものの)、かかりつけ医機能は診療報酬で点数化されていたことになる。曲がりなりにも、というべきだろうか。
 
 後期高齢者診療料には問題点があった。適用が糖尿病、脂質異常症、高血圧性疾患、不整脈、心不全、 脳血管疾患、喘息、認知症など13疾患に限定されていて、肺炎や骨折などそれ以外の疾患にかかったら算定できず…

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第58回 在宅介護を守る「倫理」と「制度改革」

 臨床倫理は介護の現場でも問われる。介護の臨床倫理はとりわけ認知症の人と接するときに問われる。自己決定は尊厳と表裏一体だから、認知症が重度となって自己決定が難しい人の尊厳をどう保つのか。この問いが介護職を悩ませる。
 
 暮らす人が何も自己決定できないような居住空間は、たとえそこにベッドやクローゼットがあっても“生活の場”とはいえない。施設ですらなく、あえていえば収容所だ。
 
 「住まう」という言葉には、自立と尊厳が込められているような気がする。「住まう人」とは単にそこで暮らす人ではなく、自立し尊厳をもって生きる人ではないか(この自立とは、他人の力を借りずに生きることではない)。だから、「住まう」には本人の覚悟も必要だ。
 
 住まう人への在宅医療や在宅介護は、その自立と尊厳を維持するためのサービスといえる。在宅ケア提供者は常にこのことを意識してほしい。
 
■ケアの倫理を検討する
 国立市では、地域ケア会議で要支援1、2の人の事例検討を長く行ってきた。事例検討から、要支援1、2の人には何が必要なのかを検討する。
 
 自分の身の回りのことはある程度できるから、身体介護的なサービスではないだろう。昼間、身体を動かしたり友人と会話したり、一緒に食事したりできる居場所が必要だろう。ケアマネジャーや行政も参加して、そんなことを議論してきた。
 
 2025年度からは、要介護3、4を中心に、ケアの倫理について検討することになった。事例検討ではケアプラン検証ではなく…

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第57回 生命倫理の先人から改めて学んだ

■木村利人さんを再読する
 生命倫理(バイオエシックス)の研究者で、日本生命倫理学会の会長を長く務められた木村利人さんの『自分のいのちは自分で決める』(2000年、集英社)を再読した。とても面白い。第1章から第4章まで、順に「生」「病」「老」「死」について述べている。各章から、印象に残る節見出しを拾ってみよう。
 
 自分のいのちを自分の手に取り戻す」(第1章)
 病気は患者自身が治すもの」(第2章)
 「高齢者の生きがいと健康づくり」(第3章)
 「死なせないのが医療ではない」(第4章)
 
 これらすべて、この本が出て25年後の今日、私たちが在宅医療で心していることばかりだ。
 
 この本より10年以上前の1987年に刊行された『いのちを考える:バイオエシックスのすすめ』(日本評論社)には「自然な生の終り」という節があって、経鼻栄養を外すことを認めてほしいと、本人と後見人である甥が裁判を起こす実話が紹介されている。そして終末期の病床に臥す人に何が必要かを、丁寧に丁寧に記述する。
 
 87年といえば、昭和62年だ。それから年号が2つ進んだ現代もなお、胃ろうや経管栄養をめぐって議論がなされていることを思うと、木村さんの先見性に感服するしかない。今日の医療現場に生命倫理は生かされているか、考え込んだ。
 
■臨床倫理の4分割法
 前回触れた医療倫理の4原則(自律性の尊重、善行、無危害、公正)とは別に、臨床倫理の4分割法という考え方もある。それはJonsenらが1992年に示した考え方で…

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