「家族の権利宣言」発表 認知症本人と同じように家族への支援求める🆕

2025年 8月 20日

インタビュー 川井元晴さん(認知症の人と家族の会共同代表理事・山口県支部代表世話人、脳神経筋センターよしみず病院副院長)

 45周年を迎えた「認知症の人と家族の会」は、6月の総会で「認知症の人とともにある家族の権利宣言」を発表し、認知症本の人への支援と同様に、家族への支援の必要性を訴えた。認知症の人と家族が住み慣れた地域で、自分らしく暮らし続けていくために大切なことは何か。共同代表理事の1人である川井元晴さんに聞いた。

業務量増加への対応で代表理事を2人体制に
――福井県支部世話人(注)の和田誠さんとともに共同代表理事という形になったのは。

 当会が設立されてから4代目の代表理事となる今回、定款を変え初めて2人体制になりました。役員についても、会の発足当初から活動に参加していた会員や理事から、若い世代へバトンを受け渡すような形で改選しています。

川井写真01

 その理由として、ここ数年、認知症に関する状況が大きく変わってきていることがあります。アルツハイマー病の治療薬が上市されて使えるようになったことや、共生社会の実現を推進するための認知症基本法が策定され、自治体が認知症施策推進基本計画を立てるようになったことなど、医療的にも社会的にもかなり様変わりしています。

 認知症本人と家族についての社会的ニーズがとても多くなっている上、会への問い合わせや共同研究などが増えている中で、1人の代表理事だけでは対応が難しいことから、共同代表理事という体制となりました。

――今回の総会では、家族の権利宣言の発表もありました。趣旨は。

 認知症基本法には「認知症の人と家族等」と、主語に家族も入っていますが、認知症本人の発信がとても大きなウエイトを占めていて、どうしても本人視点に重きが置かれます。このため、家族が置いていかれるような不安や危機感を持っている会員がいることから、家族も大事なのだということを宣言しました。

 宣言自体は抽象的ですけれども、その解説版を作成中で、宣言と解説版をセットにして、各都道府県支部の世話人や自治体、地域の人たちと、権利宣言をどう活用していったらいいのかを考えていくことにしています。

――認知症施策推進基本計画については。

 各自治体が基本計画を策定するにあたり、本人と家族が参画することになったのはとても重要です。

 ただ、私は山口県支部の代表世話人も兼務しており、県の基本計画の策定会議に参加していますが、行政の書類が独特な様式と内容で書かれているため、策定案を議論するのに、本人と家族はついていくのが精一杯のような状況で、行政の会議に本人と家族が参画する上での課題と改善点が浮き彫りになった感じがします。

――本人の意見をどう聞いたらいいか、計画を策定する人たちは悩んでいるようですが。

 意見が聞けるのは診断当初の人や軽度認知障害の人など、症状が比較的軽めの人が想定され、その中でもしっかりと自分の考えを自分の言葉で発信できる人ということになりますと、意見を言える人は限られるでしょう。

 基本法の対象は認知症の人と家族全体なので、ある程度進行した人や、そういった人を介護している家族の人などの意見も集約してもらいたいですね。

 例えば、認知症が進行した場合でも、その人のことをよく理解しておられる家族や親しい友人が、認知症の人ご自身の意思や感情を伝えるのを援助できるのではないかと思います。

「新しい認知症観」が社会に浸透するために
――「新しい認知症観」が社会に浸透するにはどうしたらいいでしょう。

 いくら言葉で言っても、実際どうなのかが感覚的に分からないと、認知症観は変わらないのではないかと思います。例えば、最近は認知症の人の活躍がメディアやSNSで紹介されるようになっていますから、そういうところに目を向けてもらえればいいと思います。

――学校教育も大切なのではないですか。

 認知症サポーター養成講座は、認知症になるのは怖いことではないことや、正しい対応の仕方を理解していただくいい機会ですけれど、最近は子どもたちを対象に、小中学校で認知症キッズサポーター養成講座が広く行われるようになっています。

 偏見がない子どもの頃に、認知症について正しく理解してらうのはとてもいいことですし、お子さんが学校で教わった認知症のことについて親御さんに話せば、親御さんも関心を示すことになるでしょう。

――橋幸夫さんが認知症であり、引き続き歌手活動を続けることが発表されました。

 橋幸夫さんのような有名人が認知症になったというニュースは、年配の方々にとても衝撃を与えたのではないでしょうか。しかも、引き続き歌手として活動していく、周りのサポートがあれば認知症になってもこれまでの仕事を続けていけるということを示されたことは、非常に大きなアピールになると思います。

 認知症の人の場合、これまでの仕事がうまくできなくなってきたということで、雇用主の配慮で配置転換をすることがありますが、逆に別の仕事をするために新たに覚えなくてはならないことが出てきて、仕事が継続しづらくなる可能性があります。

 橋幸夫さんの場合は、なるべく今まで通りの活動を続けるということなので、新しい認知症観ではないけれど、認知症の人の生活あるいは社会で過ごしていくための1つのお手本になるのかなと思って拝見しています。

本人との関係に行き詰ったら
――認知症の人への接し方で悩んでいる家族も多いようです。

 例えば家族の誰かが認知症になった時に、病気のせいだと分かっていても、同じことを何度も繰り返して言われると、ほかの家族はイライラしたり、怒ってけんかになってしまったりすることがあります。その結果、家族は後悔して悩んでしまう。専門職の人でも自分の身内が認知症になり、介護することになったらとても大変だと言っています。

 私の母親は若年性認知症になり、地元の和歌山で父親が1人で介護をしており、私は帰省時に手伝っていましたが、当初、父親が無口になったと思ったら、髪の毛が全て抜けてしまって、大変なストレスがかかったのだと思い知りました。

 介護保険を使って在宅ヘルパーサービスをうまく活用できた頃から、また髪の毛が生えてきたので、ホッとした覚えがあります。

 行き詰ったら、ちょっと離れた方がいい。デイサービスなりデイケアなりを活用することも必要です。第三者が入ってくることで家族は楽になるし、本人も家族との1対1の状況から解放されて態度が変わります。

 全国各地で開催している、当会の家族のつどいへの参加もお勧めします。介護家族の人だけが集まり、深刻な話を共有し合うのが当会の始まりでした。認知症と診断された人の介護を始めた人がつどいに来て、以前から参加している人の経験談を聞くことで気持ちが楽になることがあります。

 当事者どうしが集まり、気持ちを分かち合うピア・サポートですので「ここに来れば分かってもらえる」「1から詳しく話さなくても理解してもらえる」と感じられる。それが大きな強みになっています。

 今は家族のつどいだけでなく、本人だけのつどい、男性介護者の会、若年性認知症の人の会など、本人や介護する家族の状況によって、いろいろなつどいを各支部が開催しています。

 ただ、以前は平日の日中につどいを開催することが都合よかったけれども、生活様式が多様化していることや専業主婦が減ったことなどから、今は開催する曜日や時間帯を考えなくてはならなくなっています。

 また、集まれない人もたくさんいます。ケアをするのが大変でつどいどころではないとか、仕事をしているので集まれないとか、そういう人にどう参加してもらうかが課題です。最近はZoomやLINEを通じて集まるような取り組みも行っており、少しずつそうした新しい方法を広げていこうとしています。

 活動の3本柱はつどいと会報と電話相談で、会報については、当会のホームページの中から見られるものもありますが、実態は紙媒体です。同様に、電話相談もつどいも昔ながらの方法を踏襲していると言えます。

 それになじめる人は共感してもらえますが、新しく認知症になった人を介護する人の中には、昔ながらの方法に違和感を覚える人も多いようで、そうした人をリクルートするのがとても大変になっています。インターネットやSNSなども活用していますが、まだ周知する活動が足りないと感じています。

 また、会費が年間5000円かかります。今はお金を払わなくても、インターネットで調べれば認知症のことが分かりますので、わざわざ5000円払わなくてもいいのではないかと考える人もいるようです。しかし、ピア・サポートがきちんとできるのが当会の強みなので、そこを分かってもらうことが必要です。

認知症の人と自然にかかわる社会に
――これから認知症の人と家族が住み慣れた地域で自分らしく続けていくためには何が大切だと思いますか。

 認知症の人に聞きますと「自分のことをきちんと分かってくれる人が1人でも2人でもいたらそれでいい」と言います。家族でも地域の人でも、理解してくれる人がいればいいのだそうです。

 有吉佐和子さんが書かれた『恍惚の人』という小説があり、映画化され、認知症は怖い病気だというイメージを世間の人に植え付けてしまった問題のある作品だと言われていますが、いいところも描かれていました。

 それは、近所の人が毎日のように認知症の人のところに来たり、往診をしてくれる医師がいたり、意図してはいないにしても、地域の普通の人たちが認知症の人とかかわっていたことです。そこは現代でも参考にできるのではないでしょうか。

――小さな島に認知症の高齢女性がいて、ふらふら歩いていてもみな顔見知りだから全然気にしていない、という映像を見たことがあります。それで困ったことがあれば自然に助ける。ある意味、理想的な環境だと思いました。

 そういった島なら認知症を問題視しなくていいわけです。認知症は社会的な病名という側面もあり、これまでできていた社会生活や日常生活ができなくなってくることが認知症の定義の1つに入っていますから、その場合は定義上、認知症ではないと言うこともできるのではないかと思います。

 この人だったらしょうがないか、ちょっと面倒見てやろうかみたいな、そういうことを誰もが行えるような社会になればいいと思います。

 

(注)世話人:各支部でさまざまな活動を行っている会員のこと。

 

かわい・もとはる
1990年山口大学医学部卒。脳神経内科専門医、認知症専門医であり、若年性認知症の母親を持つ家族でもあった。 2001年に山口大学医学部附属病院もの忘れ外来を開設。認知症の人と家族の会には2002年に入会。2011年同会山口県支部代表世話人。2025年6月から同会共同代表理事。気分転換はジョギング、マラソン。

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