長谷川敏彦さんに三たび聞く・上(聞き手・編集部)
極めて順調な経過
――新型コロナウイルス感染症は、2021年夏の「第5波」では病床が不足し、自宅療養中に亡くなるケースがセンセーショナルに報じられました。第5波は秋になって収まり、陽性者は年末にかけて減少したものの22年1月後半からまた急増して「第6波」、そして現在の「第7波」。もう永遠に「波」が繰り返されるような気がしてきます。
「波」はだいたい半年ごとに現れている。これはパンデミックを引き起こす呼吸器感染症のパターン通りだ。第6波以降では、重症者と死者がそれ以前より明らかに減少している。
第7波で感染者が激増していることは、ウイルスが変異を繰り返して性質が変わり、感染しても重症化することはなく、ありふれた普通の病気になってきたことを示している。
歴史的に、パンデミックを起こした呼吸器感染症のウイルスは、軽い病気になるプロセスを経て定着し、生き延びていく。歴史に照らすと、定着するのにほぼ3年かかっている。現在、これまでの歴史と同様に極めて順調に経過している。
新型コロナも同じで、軽い病気として定着するには3年はかかると予想していた。今、だいたい2年半だから、この第7波で最後の流行となるか、あと1回波が来るか、といったところだと思う。
今、陽性者は激増しているが、重症者も死者も激減している。今の死亡者は、若年者には季節性インフルエンザの死亡者より少ない。
重症化しなくなって、人間の側も免疫を得れば、普通のかぜと同じになる。人間が免疫を得る近道はワクチンだけど、ワクチンを打たなくても、ある程度曝露することで自然に免疫は得られる。
現在は普通のかぜになっていく過渡期にあって、若い人はほぼこの状態になってきた。高齢者は普通のかぜよりはリスクが高い。
――普通のかぜですか。
普通のかぜ(かぜ症候群)とは、コロナウイルス、ライノウイルス、RSウイルスなどによって起こる上気道の感染症で、季節性インフルエンザはインフルエンザウイルスによって起こり、全身症状が出る。
これまですでに3種類の新型コロナは普通のかぜとなっており、今回4種類目となると想定される。
コロナパンデミックが始まった2020年の春、ドイツやイギリスの専門家は、「ここ数年間は感染の波が繰り返される」と予測し、政治家はそれを念頭に対策を進めたと思われる。
しかし日本ではPCR陽性者が増加するたびに「ここが正念場」と政治家が呼びかけ、パンデミックはこれで終了するという誤解を生み、今、徒労感と不安感をもたらしている。
今後も季節性インフルエンザのように流行を繰り返すと想定され、普通のかぜの1つとして付き合い続ける必要があるのでは。
マスクを着ける意味は
――オミクロン株は、第5波のデルタ株やそれ以前のタイプとどう違うのでしょう。
まず感染経路が変化した。デルタ株までは飛沫感染や接触感染だったが、オミクロン株ではエアロゾル感染が中心になっている。
そして、デルタ株までは症状が出る直前が最も感染させやすく、他の人にウイルスを飛ばさないようにするため、症状のない人もマスク着用が必要だった。
現在は、症状がない人から感染することはまずない。症状、つまりせきやくしゃみのある人がマスクを着ければよい。症状のある人は出来れば家で寝ているようにすればよい。これも、普通のかぜやインフルエンザと同じである。
もともとマスクは、新型コロナやかぜやインフルにかかっていない人が着けても、本人への感染予防は期待できない。ウイルスが非常に小さく、マスクの隙間を簡単に通り抜けるからである。
医療用マスクであればきちんと着ければある程度予防できるが、呼吸は苦しく高価で、一般市民の使用には向かないと思う。
デルタ株までは飛沫感染や接触感染だったから、マスクで飛沫を飛ばさないようにすることに加え、マスクを着けることで自分の手で口や鼻を触るのを防ぐという意味があったのかもしれないが。
明らかにフェーズが変わった
――熱中症予防の観点から、屋外でも屋内でも一定の条件下ではマスクを外しましょう、と呼びかけられています。でも相変わらず、圧倒的多数がマスクを着けています。マスクだけでなく店頭の手のアルコール消毒も続けられ、また行動制限が議論されています。
もともとデルタ株まででも、屋外では、マスクをする意味はなかった。オープンスペースでは飛沫が拡散するからである。
もはやオミクロン株になってさらにフェーズが変わった。それなのに、政策を切り替えられずにいる。不必要なマスク着用やアルコール消毒、行動制限などの悪影響が心配だ。
ある程度の曝露を許容しなければ自然な免疫を得られなくなり、悪影響のほうが大きい。緊急事態宣言で高齢者が外に出なくなったことで、フレイルや孤立が進み、心身の健康に悪影響を及ぼしたことが明らかになっている。
人流を減らすから、陽性者が減るのではない。ウイルスの感染経路やハイリスクの人も分かっているし、ウイルスの毒性も変化した。経路を想定しリスクを考え多層別化した対策を打つべきである。
直接の原因でもない人流を抑え込むことは、経済や運動を無差別に抑え込んで大きな副作用を生む。
気になることは、2021年の死亡が2020年と比べて6万人多かった(超過死亡)という事実で、2022年になっても21年と比べて月々1万人近い超過死亡となっている。
自殺も若い女性を中心に、年間数千に及び、心が痛む。これらをコロナ政策の総決算バランスに加えると、日本はヨーロッパ並みの死亡率に近づく。
――では、この2年半の日本のコロナ政策は世界の中でどう位置付けられるのでしょうか。
それは、政策の成果を何で測るかによる。感染者数とは実はPCR検査陽性者数で、検査の閾値や検査数に左右され、これを比較する意味はない。
最終の成果である死亡数でみると、日本は人口100万対268人(2022年7月5日時点)で、米国(同3067人)の12分の1であり、世界で最も少ない国の1つである。
当初、成功例としてほめそやされた韓国は同487人で日本の2倍、水際ロックダウン政策を取ったベトナム、オーストラリア、ニュージーランド、台湾は日本を抜いて1.5倍となり、想定どおり急増した。香港は急に悪化し、1日当たり死亡率がかつての欧米の4倍となり、累積でも欧米の中位にまで増加した。
ロックダウン政策の危険性が実証されつつある。そこで気になるのが中国である。爆発すると隣国である日本にも大きな悪影響を及ぼす。
全死亡数で比較すると、前述のごとく日本はよくない。コロナウイルスではなく政策によって死亡したことになる。社会全体には大きな歪(ひずみ)を引き起こしている。
急に根拠なく決められた学校閉鎖により、小児と家庭への精神負担が急増し、未来が危惧される。
経済への影響は、OECDなどの予測によるとポストコロナの回復率は先進国間で最も低く、これまでサービス業での非正規雇用・低賃金が多い若い女性には厳しい環境となっている。コロナ死亡率が低いことを生かし切れなかったのが残念である。
――流行の初期から行動制限をほとんどしなかったスウェーデンの死者数は、どんな水準ですか。
2022年7月17日までの百万人当たり死者数の累計を比較すると、欧米諸国の最多は米国で、以下、イタリア、ベルギー、英国、ロシアが上位5カ国。スペイン、フランスが続き、8番目がスウェーデンだ。ロックダウンした国々を上回らず、それらと同等あるいは以下だった。
ロックダウンは死亡を予防しなかった。パンデミックが始まったころスウェーデンは世界でもトップの死者を出したので騒がれたのだが、その理由は高齢者施設でのクラスターの管理に失敗したからである。その後は大人の対応で今日まで来ている。
――ワクチンをどう評価されますか。
これまでにないスピードで開発・実用化され、まだ第3相試験が終わっていない。極めて異例で、開発の検証プロセスを経ていないので、これからどんな副作用が起こってくるのか、起こらないか不明である。
私の分析では、神経系の副作用が大変多い印象がある。第3相試験が終わっていないので、本来、ワクチンを打った全ての人に対して、その後の健康状態を追跡調査する必要がある。
このワクチンは感染を予防するために開発されたものではない。重症化、死亡を予防するために作られている。ただ当初は予想外に、自然免疫を刺激して感染を予防する効果があったことが判明した。その後はウイルスの変異もあり、感染予防は確認されていない。
この疾患には集団免疫の獲得が難しい。したがって打つか打たないかは、個人にとっての効果とリスクのバランスで判断すべきである。
高齢者では重症化を防ぐ効果が証明されているので、新型コロナで死にたくない高齢者は打つほうがよい。小児はハイリスクでない限り重症化しないので打つ理由はない。
残りの年齢では効果とリスクのバランスで考えるべきなのだが、ワクチン接種後の追跡が不十分でリスクがよくわからないことが問題である。ウイルスが変異し重症化しにくくなっている現在、得られる効果が減少しているので、相対的に適応は限られることになる。
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はせがわ・としひこ 一般社団法人未来医療研究機構代表理事。
医学部卒業後、米国にて外科のレジデント後専門医資格を取得、米ハーバード大学公衆衛生大学院に学ぶ。帰国後は消化器外科医として臨床に携わり、1986年に厚生省(当時)に入省、「寝たきり老人ゼロ作戦」策定などに携わる。98年から2004年、国立保健医療科学院(02年までは国立医療・病院管理研究所)で医療政策を研究、「健康日本21」「医療計画改革」「医療安全活動」などに関わる。06年から13年、日本医科大学医療管理学教授。14年に一般社団法人未来医療研究機構を設立し、地域医療や地域包括ケアの研究に没頭する。日本医師会公衆衛生委員会で健康の新定義や健康格差の答申に参画。現在、日本医学会創立120周年記念事業「未来への提言」作成委員会で活動。