高齢者政策の揺籃期—医療と介護の来歴を語る①

2020年 7月 7日

髙橋紘士さんが毎回ゲストを招き、医療・介護や社会保障を縦横に語り合います。
最初のゲストは元厚生労働省の中村秀一さんです。
【髙橋】 このウェブマガジンの名称に入っている2040は西暦2040年を意味します。2039年に高齢者の死亡数がピークの167万人に達し、2040年は団塊ジュニアが高齢者にさしかかり、2042年には高齢者数が最多の3387万人と予測される…という、多死社会・超高齢社会が天井に到達する時代です。団塊世代は95歳ぐらいになっています。
(略)
 一方では、社会保障というのは市場経済にとって足手まといであり、成長の足かせである、という見方が流布しています。テクノロジーが進歩することや市場が潤うことだけを是とするような風潮もあるし、未来を直視しないで物事が捉えられているようです。医療・介護では、介護予防を推進して健康寿命を延ばせば医療費が安くなるという説が唱えられていますが、専門家はこのような見方に批判的です。
■介護保険の前史としての社会保障
【高橋】 将来と過去のはざまで、立ち止まって考えてみたいと思います。中村さんは現役官僚だった時代に、介護保険の創設や改正を始めとする社会保障の重要政策に節目節目で関わってこられました。また、近年は社会保障の将来像を検討した「社会保障と税の一体改革」に事務局の責任者として関わってこられました。医療と介護の来歴について、改めて伺いたいと思います。
【中村】 将来と過去のはざまということでは、医療・介護のジャンルでは介護保険を軸に考えると、ちょうど今が2040年に向けての折り返し点です。介護保険がスタートしたのが2000年で、今は2020年ですから。
 来歴を語る上では、前史としての社会保障、すなわち介護保険創設前の社会保障も語らなくちゃいけないと思うんです。過去にさかのぼると、新しい社会保障制度は第2次世界大戦後にスタートしました。国民皆保険・皆年金が1961年(昭和36年)で、老人福祉法が1963年。1970年代にこれらの運用が本格化して、今の制度と直接つながっていきます。
 1990年(平成2年)は、いわば分水嶺でした。戦後ずっと右肩上がりだった日本経済は、このころのバブル景気を最後に下降に転じます。バブルが弾けて30年ほどたちますが、経済はあまり回復していません。
 平成に入って少子化が問題となりまして、20世紀終わりごろの社会保障は……
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地域包括ケアの今とフレイル予防への期待(下 )

■フレイル予防というミッション
髙橋 介護保険ができた2000年当時と比べて長寿化が進み、介護予防に加えてフレイル予防という概念が定着しています。辻󠄀さんはフレイル予防推進にかかわっていますね。
 
辻󠄀 フレイルとは加齢に伴う虚弱のことですが、これは老いに伴う現象であって病気ではない。もちろん病原性のフレイルもあります。例えば脳卒中を起こして、まひが残るなど心身の状態が落ちるのも、フレイルです。糖尿病も、フレイルを進行させる要素です。
 
 でも、フレイルの根本は、老いたら弱るという自然現象なんですね。この領域には生活習慣病のように特効薬はありません。ただし、フレイルの段階だと、高齢者自身の一定の行動変容だけで進行を遅らせたり、軽減させたりできるという可逆性があります。
 
髙橋 高齢者が亡くなるまでの経過は、辻先生の同僚であられた秋山弘子東大名誉教授の論文で指摘されているとおり、その要因によって大きく3パターンに分かれますね。日本人の死因1位であるがんは…

地域包括ケアの今とフレイル予防への期待(上)

■地域包括ケアの各システムのモデルがない
髙橋 2022年3月、「地域包括ケア」の生みの親かつ名付け親である山口昇医師が逝去されました。90歳でした。
 
 山口先生は今から50年近く前、御調国保病院(現・公立総合みつぎ病院=広島県尾道市。当時は御調郡御調町)で「寝たきり老人ゼロ作戦」を始め、その一環として「医療の出前」を実施したことでも知られています。
 
 そして2023年は、介護保険の創設に尽力された池田省三氏の没後10年です。池田氏は介護保険について、創設後も発言し続けましたが、その主張は常にデータに裏打ちされていました。
 
 高齢者ケアに大きな足跡を残したお2人を思い出し、時の流れを感じます。今の地域包括ケアシステムについて、辻󠄀先生はどう見ておられますか。
 
辻󠄀 地域包括ケアシステムの概念が国の政策の舞台に現れたのは、2003年の厚労省の高齢者介護研究会の報告書です。
 
 そして法律上、その考え方が介護保険法の条文に加えられたのは、2011(平成23)年改正で、2014年の医療介護総合確保推進法で地域包括ケアシステムの定義が法律上なされ…

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重症心身障害児と地域で歩む 「訪問の家」の50年③

■ターミナルに向き合う
髙橋 1993年に「朋診療所」を開設されました。そのいきさつや、医療との関わりを教えてください。
 
名里 神奈川県では、障害をもつ子どものほとんどが県立こども医療センターに通います。「朋」のメンバーたちも同様なんですが、ところが18歳なると容赦なく、もうこども医療センターでは診られない、次のところに行ってくださいと言われてしまいます。
 
 次のところとは、一般の総合病院です。だけど、総合病院は障害のある人を診たことがなく、なかなか受け入れてくれません。こども医療センターの後に診てくれる主治医を探すのが大変で、自前のクリニックをもとう、となったんです。
 
 もう1つは、進行する病気で、何回も入退院を繰り返し、どんどん状態が厳しくなってしまうメンバーがいました。その方のお母さんが日浦に「朋はどこまで付き合ってくれる?」と聞いたそうです。診療所を開く前で、「朋」には週に何回か、嘱託医が来るだけでした。
 
 そう聞かれて、日浦は「ずっと付き合いたい。最後まで付き合いたい」と答えました。でも、本当にそうするためには医療機関が必要です。それで、施設内診療所をつくる認可を得て、嘱託医だった宍倉啓子医師に診療所長になってもらいました。所長は、今も宍倉先生です。
 
 今、「朋」のメンバーの主治医はほとんどが病院医師で…

重症心身障害児と地域で歩む 「訪問の家」の50年②

■「散歩に出ますか」への答え
髙橋 日浦さんは「文化としての社会福祉施設」ということを、しばしばおっしゃっています。とても印象深く、重要なキーワードでもあります。
 
名里 この言葉を説明するには、通所施設「朋」をつくった時のことからお話ししないといけません。
 
 先ほどお話ししたように、「朋」はもともと障害者のための作業所でした。当時の福祉制度には重度の障害児者の通所施設はなく、日浦は、重い障害がある人も、昼間通所して幅広い活動ができる場所が必要と考え、横浜市とも折衝していました。
 
 そうしたら横浜市から、そういう場所、すなわち知的障害者のための通所施設をつくったらどうですか、と打診されたのです。
 
 しかもその立地として、戦後、もとは山だった所を高級住宅地として開発した地域を提案されました。その一角が市の所有地だから、そこに通所施設を開設したらどうですかと。
 
 こちらとしてはありがたい話で、ではそうします、となります。ところが、地域住民の反対に遭うんですよ。地域全体が反対していると聞かされます。でも実は、後で聞いたら全然そうではなく、当時の自治会の役員が強硬に反対しておられました。
 
 役員は「福祉施設を建てるというが、文化施設ならいざ知らず、福祉施設はこの高級住宅地には馴染まない」という…

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重症心身障害児と地域で歩む 「訪問の家」の50年①

髙橋 今回のゲストは、横浜市の社会福祉法人「訪問の家」の名里晴美理事長です。「訪問の家」は障害者向けの通所施設やグループホーム、地域活動ホーム、多機能型拠点などの事業と、高齢者向け事業、それに診療所も運営し、先駆的な実践を次々に展開してきたことで知られています。
 
 「訪問の家」は、前身から数えると誕生から50年を過ぎました。創設者である日浦美智江前理事長は、重症心身障害児者の地域生活を先駆的に支援され、名里さんはその後継者です。本日は「訪問の家」の歩みを中心に、障害ある人とともに生きることについてお話しいただきたいと思います。
 
■スタートは「訪問学級」「母親学級」
名里 社会福祉法人「訪問の家」の発端は、1972年(昭和47年)にさかのぼります。この年、横浜市立中村小学校に訪問学級が開かれ、前理事長の日浦美智江がその母親グループの担当となりました。
 
 これは重症心身障害児の学級で、当時の言葉でいう養護学校の学級版とでもいいましょうか。特殊学級というのは、障害が比較的軽い子どもが対象なので。
 
髙橋 障害が重い子どもへの教育は、かつては盲学校・聾学校・養護学校に分かれていて、養護学校には知的障害・肢体不自由・病弱の子が通っていました。障害の軽い子は小中学校では特殊学級に通っていました。
 
 養護学校への就学が義務化されたのは1979年(昭和54年)ですから、中村小の訪問学級は義務化より7年も早かったわけですね。2007年度(平成19年度)より、盲学校・聾学校・養護学校は特別支援学校に、特殊学級は特別支援学級となって現在に至ります。
 
名里 市立小学校に訪問学級を設置し、重い障害のある子どもたちが通う、っていうことを、義務化に先んじて始めました。小学校の一室なので…

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